常識
常識を言う奴を私は信じない
本題に入る前に、何故この題で書く気になったか?それは、TV番組の「常識、赤っ恥なんたらかんたら」がきっかけである。
私は前々から、常識を口癖のように言う奴を信じない、というか大嫌いだったが、この番組を見るに至りますますその思いを強めた。
まわりくどいのは嫌いだから単刀直入に言おう。常識、常識と常識を振り回す奴に限って、そいつの言う常識は、あくまでそいつだけの常識なことが多いのだ。
私は基本的に普遍的なものを追求している。そして物事を判断するときはその普遍的な見地から判断をくだすようにしている。
普遍的なもの以外には特にこだわりはない。人間は普遍的な道徳から外れない限り何をやっても許されると思っている。普遍的な道徳と言うのは、また別の項で書くとして、例えば、私はあまり葬式に出ない。私の中の普遍的道徳では葬式というのは出席者全員が悲しみ涙するものである。悲しくも無い葬式に近所だから、義理だからという理由で出席などする必要はないと思ってる。
とにかく、人の数だけ思想があって然るべきだ。自分の思想に合致しない、あるいは、自分の知っていることを知らないというだけで、非難したり笑い者にしたり、私からしたら極めて許容量がたりない人々だ。
また、この人々は、いつも自分だけで勝負しようとせず、常識を楯にそばにいる人に同意を求め、味方に付けたがるのでたちが悪い。よっていつも私は多勢に無勢の状態にさらされる。実はそれが一番腹ただしかったりして。