自分で言うのもなんだが、私は結構記憶力があるほうだ。が、ぼーっとしてる時、ふと脳裏に浮かぶのは嫌な思い出ばかりだ。いい思い出は、意識しないと思い出せない。
嫌な記憶であればあるほど、脳裏に強力に張り付いているようだ。量的にはそれ程多くない今ここにベスト10、否ワースト10を書き連ねることも造作もないことだ。でも、よしとく、泣き言は言いたくないし(充分言ってるやん)誰も、人の苦しみ悲しみを分かちあえないと思ってるからだ。
きびしいけど現実だ、私も一番身近の家族の苦しみ、悲しみさえ、真には理解できないだろうと思ってる。できるのは、せいぜい理解しようという努力だけだろう。人は結局、自分で自分を励まし、強くし、生きていくしかないのだ。
でも、それを突き詰めれば結局、人の苦しみまで理解し、助言の一つも与えられるようになるのではないか。自分を助けることができないのに人が助けられるだろうか。
話が飛ぶようだが、心理学というものが嫌いだ。初めて高校の教科書で見たとき、例えば、嫌な場面に遭遇したときのパターンで、逃避だの合理化だの昇華だのあるなんて、大きなお世話だと思った。それが結構あたってるのも許せなかった。
心を科学的な見地からどうかしたいとは思わない。その合理化だの昇華だのなんてのを知ってから余計に、そんなものの範疇には入らない思考を目指してきたような気がする。
私は逃げない、戦う。すべての嫌な過去の記憶と対峙する。心に居座る忌まわしき過去、そして、やがてくる忌まわしき未来よ、最後の一瞬まで私は戦い貫く。どっからでもかかってこい。