第二次世界大戦

傾向と対策を練ろう


 今にして思うと私は、小学生の頃、戦争おたくであった。正確には、兵器おたくかな?、とにかく第二次世界大戦の、兵器、下は三十八式歩兵銃から、上は戦艦大和まで、ありとあらゆるものが好きで、図鑑を食い入るように見ていた。
 そして、空想の中でそれら兵器をつかった。バーチャル戦争を楽しんでいた。時には、ミッドウェイ海戦で日本を大勝利させたり、富嶽でアメリカ大陸本土爆撃してみたり、伊400を大活躍させてみたりと、空想のなかでやりたい放題。この話、ほんま、わかる人にしかわからんけど。うなずく人は、きっといると思う。
 当時の空想癖が今の私にかなり、貢献していると思う。もっとも、今は、ただの妄想癖にすぎないが。

 当時好きだったのは、やっぱり日本軍の兵器でそれは、身びいきでも何でもなく、戦車以外は、(戦車はドイツかな)日本軍の兵器がデザイン的に一番かっこよかったし機種も豊富だったのだ。
 性能的にも開戦当初は、そのいずれもが紛れもなく世界最強だった。他の国のは、デザインよりも機能優先で、武骨で簡素であったように思う。それはそれで、かっこよくもあるのだが。


 さて、本題に入ろうか、上記のデザイン的に優れていて機種が豊富というのは、小人数による合理的大量生産といった観点からすると問題がある、熟練工にたよらなければならないし機種が豊富なら製造機械も豊富に必要だからだ。それができる環境ならまだしも、かつかつの人手、物資だった当時の日本で何故、と頭をかしげてしまう。
 陸軍、海軍で別の規格で兵器を作り、戦場で末端の兵士が、鉄砲の玉切れになっても分け合うことすらままならない。そんな状況が本当にあったというのだから驚く。有り余る物資を誇るアメリカが陸海空軍で統一規格で生産していたのと対称的だ。
 でも現在、当時の反省はなく、自動車メーカーは、一つの名前の車なのに何十種類という編成にしてるところばっかだし。互換性がなくて不便なものがあまりにも多すぎる。
 もっと規格統一をはかり合理的にものを作って(具体的にはよくわからんが)欲しいと私は願います。