貧乏性な私
最終更新日:98/10/04
貧乏になると物が欲しくなる。支配欲が強くなる。お金があると逆に無駄なものを買わなくなる・・・かどうかは私には分からない。
旅行をすると私は必要以上に物を持っていく。送ってしまうのではなくできるだけ手元にしたまま、大きな荷物とともに移動する。たくさんの荷物は当然邪魔になる。ロッカーなどに預けてうろうろする事になる。おいしいものを食べに行く。いろいろなところを見る。お金がかかる、しかし物としてはなにも残らない。ただ、私の中に情報として血と肉となる。経験というものは物ではないが、確実に私に残る。では、情報というものは取り込むべき物なのだろうか。
最近ではパソコンでインターネットにつなげられ、さまざまな情報にアクセスする事が可能になった。現段階ではインターネットにつなぐ事が世界にアクセスと捉えられているが、それは単に辞書を図書館においてあるのと同じである。別に本棚でもいいが、一応電話が切れるとアクセスできないので少し遠いところというイメージがある。辞書を持っているからといってその人が知識を持っている事にはならないことはお分かりであろう。
私がインターネットに文章を置くのは、人に見せるのとは別に一度書いた文章は手を加えずに思い出したころに読み直すために書いているのがたまたまパソコンなのでついでにupしているだけだ。私の部屋にはインターネット以前の文章が眠っている。
話がずれてしまったが、私は文章を書く事でそのことについて頭の中を整理する事と、今必要でない情報をそとに出している。手元には「考えた」ということが残る。また、同じ事を考えるときには前回の情報を読み出せばよい。そう考えてせっせと書いている。
物の中で消費できるものはさっさと消費して自分の中に取り込んでしまえば良い。中途半端に手元に残すのではなく、身につけるもしくは捨ててしまうというのはどうでしょう。
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