乞食、貧乏、ホームレス
最終更新日:98/12/07
京都だけでなく、東京、大阪、ターミナル駅のあるところにはホームレスと呼ばれている集団がいる。完全に人畜無害というわけではないのだが、透明に近い存在である。彼らは誰かに依存しているわけでなく、社会の仕組みに依存している。都市が発達するとかならず出てくるリサイクルや経済の流れから飛び出してくるものを使って生活しているのだろう。
彼らとは別に、物乞いもしくは乞食という集団がある。集団でたむろしているのは見たことがないので、単独で小銭をせびりにくる輩だと考えている。どうやって暮らしているのかは不明。音楽を引いてお金を稼ぐ人々とは違い、芸は持っていない。せびる交渉が芸といえるかもしれないが、不快にすることはあれ、楽しませてくれることはない。
前者のように目に見えるところにはいないが、貧乏というランクが存在する。前者の2つは「サラリーマン」「運転手」といった職種の1つであり、「貧乏」というのは「裕福」「平均」といった度合いを示すものだ。
昔であれば、「貧乏=乞食」という認識が成り立ったわけであるが、今はそうではない。金銭的に「貧乏」だから「家がない」というのはいえるかもしれないが、精神的に「貧乏」とはいえない。今の価値は金銭が勝るものの、徐々に精神が勝りつつある。いずれ、仙人のように、哲学者のように、身なりはぼろぼろでも尊敬される人々というのがある程度の社会的価値を認められる日が来るのかなと少し思う。
目次に戻る
![]()