年賀状の射程範囲

最終更新日:99/01/01


明けましておめでとうございます。年明け早々の文章なので一応、ご挨拶。
さて、年明け早々のイベントと言えば年賀状。今年は3枚いただきました。私が年賀状を出さないという習慣を理解してくれているのだろうと勝手に解釈しております。もらうたびに思うことはこの年賀状はどのような思いで出されたのかということです。手紙を出すというのはメールを出すのと同様、何かを伝えたいということがあって初めて送るという行為に現れるのですが、年賀状だけは義理や形骸化しているところがあり、つまり年初の挨拶だけで全てをチャラにしようという暗黙の了解の上での儀式として送られているものが多い気がするからです。ここで、交流範囲という物を再確認してみようと思います。
私の場合、交流回数による範囲と年賀状の範囲は一致しております。年に数回しか会わない人間のうち、こっちから無理に機会を作らないと会わない人間が年賀状が来る範囲です。いつでも会える人間はともかく、中途半端に会える人間はそれこそ、メール程度で済ますことが可能だからです。
私の同僚に「半径5mの男」というのがいまして、男はともかく、女性でさえも5mの範囲を超えるときれいさっぱりと忘れてしまうのです。覚えておこうという努力をしないからなのでしょうが、私なら女性は遠くても覚えようかなと思います。彼ほどではありませんが、私は会った回数に比例して精神的距離も離れていくタイプなので、頻度の高い人とはあらためず会ったときに挨拶を済まし、その次の頻度の人はメールを出したときにそれで済まし、それ以外は何も挨拶はしません。また、同級生のように、何かの環境で一緒に過ごした場合、その環境が無くなると1ヶ月も経たないうちに記憶から一時的に消去されます。
年賀状を出す、もしくはくれる人は消去したことさえも忘れたくらい前の人か、消去されなかった人といったところでしょうか。
あなたはたくさん年賀状出しましたか。

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