新聞をくれるおじさん

最終更新日:99/01/25


同じ様な考えをもって、同じ様な行動をとってもほんの些細な態度によって相手に与える印象が大きく異なることがある。
この前、電車に乗って考え事をしていたら、たまたま目の前にいたおじさんの新聞が目に入った。その時は考え事をしていたので別にそのスポーツ新聞は気にならなかった。ところがおじさんは丁度新聞を読み終わったので顔を上げ、目の前でぼーっと新聞を見ている私に気づいた。だから、その新聞を私に「読みますか?」というニュアンスで差し出してくださった。
全く別のことを考えていたのでお断りしたのだが、その後のおじさんの行動がよかった。「そうかね」といった肯定も否定もしない受け止め方で流し、新聞を網棚にのせ別の読み手への置きみやげとした。おじさんの顔が親しげな顔つきだったので、私は心の中で話しかけられると面倒だなと考えていただけに、無言でのやりとりとその後の素っ気なさに感謝した。

話は変わるが、私の会社では離婚率が高い。離婚しなくても人ごとながらやばいんとちゃいますのと指摘してあげたい人々はたくさんいる。彼らの生活を見ていると、携帯電話で我々に飲み屋の誘いをする前に一言、奥さんや子供に電話を入れてあげるだけで帰りが遅くても多少は見逃してくれるのにと思う。
書類の作成にしても、メールのやりとりにしても反応が早い人がいる。そういう人は、段取りがいいだけでなく、気が利くひとだと私は思う。暇を持て余してメール送ってくる人々はそれはそれで楽しみでいいのだけれども。

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