物好きな人々

最終更新日:99/02/28

ニュースを見ていると、議員数が少ないので増やすべきだという話と国会もリストラでスリム化するべきだという意見がある。世の中、プロフェッショナルが減ったかわり、セミプロが増えている。これは日本に限ったことである。それはプロフェッショナルな知識を得ようとしたら、経済的に援助してもらえるまでの期間が長すぎて、人生においてペイしないと考える人が増えたからである。研究室や工房にこもって自分の道を究めていくというのはかっこよくは見える反面、興味がないと非常につらい話である。しかも、今は放っておいてもどんどんと情報が流れてきて、浅い知識だけでも人生を楽しめるようになっている。全てにおいて半人前でも、ビギナーズラックだけを楽しむだけでも娯楽は非常に多いので尽きることはない。
ついこないだお亡くなりになったが、ロケット博士の糸川さんのように全てにおいてプロを追求できる人はDr.中松くらいしかいないのかと思ってしまう。遊びであれば大橋巨泉になり、芸術では元カールスモーキー石井やビートたけしとなるのか。たいていの人は後者になろうとして滅んでいき、前者のように必要に迫られて作っていくという何でも請負人は少ない。

さて、国会議員であるが彼らは一体何をしてくれるのだろうか。人の代表という意味では大抵学級委員、清掃委員、放送委員といった人の選挙を小学校で味わうのではなかろうか。あれは、無理矢理ならされている人もいるかもしれないが、私は物好きだったので大抵のものには立候補した。高校生からはやめてしまったが・・・。ああいった微少選挙区での敗戦は一度だけ大学のクラブの幹部選挙だけである。敗戦ショックは今も覚えている。結構悔しい。またもや話がそれてしまったが、学級委員は公約を守ったかというと怪しいものである。それなりにイベントの運営はこなしているが、企画して何かをやろうとすると、学校の役員、生徒会に名乗り出なければならない。つまり、これが国会議員でいう大臣にあたるのだろう。それだけである。
「人生で必要なことは幼稚園で全て学んだ」といった本があるくらいだから、大人になってもテクニックが付いただけであんまり成長していないのではないか。となると、学級委員を増やしていくことが学校改善に役立つかと言えば否。それなら清掃なら清掃委員会を作ればいいし、放送なら放送委員会でよい、小学生でも考えつくことである。
もうちょっと、ひねってほしかった。

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