英語の必要性

最終更新日:99/04/26

若気の至り。
この文章を読んだ人はそう思うかもしれないし、なんて視野の狭い人だろうと思うことであろう。
英語が話せたら10億人と話すことが出来る。そうかもしれない。でも、私が話してみたいのはピラミッドを造った人々であり。万里の長城を作った人である。仁徳天皇陵をつくった人にも挨拶はしてみたい。でも、今10億人とお話はしたくない。私は話す人が増えることよりも、親密な友達が適度に循環してくれるの方が好ましい。男友達で2人、女友達で3人。これくらいの人たちに話ができれば当面は問題ない。
私は英語を否定しようと言う気はない。英語を読めることは必要だと思う。でも、それはある程度英語の文法をつかめる程度でいいと思う。インターネットで流れているテキストをすべて原語で理解する必要はないと思う。翻訳ソフトを使えば大まかな意味はつかめると思う。さすがに、駄洒落のような高度な?言葉の理解までは行かないと思うが・・・。
しかし、「奥様は魔女」のように、日本語の吹き替えでもおもしろい作品はあるし、大抵の洋画は日本語訳が横についているだけでも面白さは理解できる。確かに文化を理解するのは難しいかもしれないが、ナイトの世界観を理解できないこともない。「指輪物語」もおもしろかった。

だから、海外を否定しようとは全然思わないのだが、英語だけが全てであるとも思えない。できるに越したことはないし、ルックス同様ないよりあった方が断然よい。ただ、私はこのスピードの速さに疲れているです。

なんだか、負け犬の遠吠え的な文章になってしもうた。

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