将棋嫌い
最終更新日:99/05/10 私は昔々将棋をならっていた。それまでは初心者に毛の生えた程度であり、そのレベルは10年以上経った今も変化していない。なぜなら、ステップアップしようとしないからだ。
囲碁に定石というものがあり、将棋では囲みや櫓といった表現でそれなりの戦法がある。これを覚えて初めて将棋というものが成り立つのである。覚えないとむちゃくちゃな駒のやりとりで終わってしまう。
しかし、私はルールでもないのに覚えなければならないということに納得がいかなかった。テクニックを学ということが頭になかったのだろう。素直になるということをしらないだけでしょうか。
受験期の数学というものも数学を解くというよりは解法ツールをつかっているという感覚はぬぐい去れませんでした。パターンに当てはめてパズルを解いているような感覚といいましょうか。でも、パズルなんてパターンを見付けるのが1つの楽しみ、パターンを適用するのが1つの楽しみと分けて考えたら、楽しい人はいるのでしょう。私はタイムアタックでないかぎりあんまりパターンを当てはめるのは隙ではないです。
別に後悔はしていませんが、もう少し記憶するということに対して拒絶感をなくしておけば少しは役に立ったかなんて思ったりします。PCに関しては記憶しないかわり、マニュアル類をその都度参照することにしております。
基本は大切です。(我ながら説得力無し)
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