「死んだ」という表現

最終更新日:99/09/30

サーバーが止まっている時、私は「サーバーが死んでいる」と表現する。
年上の人は、「サーバーがこけた」と表現する。彼らからすると「死んだ」という表現は「サービス停止」したと受け止めるようだ。
私からしたら、「死んだ」というのは一時的な仮死状態を示している。ドラクエなどのゲームでいう「死」と同じである。ウィザードリィーの「死」とは違う。「復活」できるということを示している。

人の死も同様に復活できるとは思っていない。だが、死んだら最後とも思えない。なぜなら、幽霊という概念は昔からあったから。ただ。幽霊は復活できないけれども。
人間としての再生はできないけれども、霊界?へのデビューは果たせるのではなかろうかと思うこともある。今、祖父は入院中であるが、お見舞いにいくけれども、このまま亡くなったとしても、それほど悲しいとは思えない。小学生の時に亡くなった祖父に対しても、たまに話すことはある。また、生きているからといって交流のない人たちの方が、私にとっては遠い存在である。

要するに私の気分次第で、生きていようが、死んでいようが交流できることになる。そんなんでいいんかいな、と思うことは多々あるが、いつも人のことを考えているわけでないので、よく忘れています。

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