ノートの取り方について

最終更新日:99/10/20

最近、私はお客様との会議でも社内の会議でもノートを持ち歩いている。本来であれば、議事録etcといった為にも会議の内容を後日思い出せるように書くのだろう、ふつうは。
私のノートには表紙がついていて、題名もある。「物忘れノート」

ものを忘れないために書くのではなく、ものを忘れるために書く。落書き帳みたいなものである。実際に私が関わってくる作業であれば、私なりの提出物があるはずなので、そちらの方に書く。私が聞いているだけの会議であれば、はっきり言って顔見せ的な要素が強い。
であるので、私のノートはろくなことが書いていない。しよぼいミーティングであれば、こういったネタを書き出してみたり、このようなミーティングの効率化とはとか、後は別案件の提案を考えたりしている。ノートの取り方というのを昔習った記憶がある。ただ、フォーマットを統一しても書くことがないのであまり役に立たなかった記憶だけがある。

後日見直してもよいように、丁寧に書いてあるノートほど、授業の記憶がない。私が記憶に残っているのは高校の数学の時間あまりに暇だったので、ノートに数学の教師の似顔絵を描いていて、周りの人にほめられたことくらいだ。当人は照れていたが。
大学では、今まで何度か出てきたようにお手紙の時間と化していた。そのときの経験がこうやって生きているのか、メールに役立っているのかよくわからないが、そういうことだ。大学では留年がかかっていた授業でも内容よりもテストでいかにカンニングしたかしか記憶がない。高校の体育の教師と母校は同じとなってしまったが、彼の教えはそこだけ守った。「カンニングしてでも卒業せよ」

思いではともかく、今日も会議で人のノートを見ているといろいろと懇切丁寧に書かれている。私のノートは花札が書かれている。ついでに意味もなく、クロールする人とか・・・。
私は、図入りのノートよりも、ファイルでもらえる方がよっぽとうれしい。スキャンすると2次利用がしにくいから。

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