違和感と散歩

最終更新日:99/12/23

たまに、自分の生活に違和感を覚えることがある。今、違和感は少ないのだが、少ないからこうやって文書を書くことが出来る。
あんまり、人に尋ねたことはこれまたないので、他人のことはわからない。こんな文章を書いていると、根暗に思われるだろうが、相対的にみて根暗だろうと思う。一人で考える時間が長いと根暗となるわけでは無かろうが、一人で過ごすのが一番楽ではある。ただし、楽と楽しいは別で、二人で居るときの方が遙かに楽しいこともある。とはいえ、本をじっくりと読みたいときはやはり一人に限る。私は今、本を読み終えたばかりだ。

時間が経ち、頭の中から春樹worldはすっかり抜け落ちてしまった。時折、現実に違和感を覚えるときがある。多少の無理をしていることは否めない。なぜなら、生活のペースが明らかに速すぎるから。どこまで早くしていっても、どこまでいっても追いつけない気がする。それは私が螺旋階段に上れずにいるからというのか。それはない。昔に比べると高い位置にいる。いや、もしかしたら下っているので、低い位置かもしれないが、昔のいた場所とは離れている感じはする。元にもどれなくもなかろうが、果てしなく遠い。道に迷ったとき、引き返そうとするのではなく、前へ前へと泥沼にはまろうと進んでいる時の状態に似ていなくもない。先が見えないけど、もう少ししたら広い通りに抜けれそうな錯覚。

あてもなく散歩していると一体どこへ行こうとしているのかすっかり忘れてしまう。歩くことが目的の時もあれば、目からたくさんの情報を仕入れようと歩き回っているときもある。今はとりあえず、出口を探し求めて迷っている。
歩くことで何かが解決したのか、それとも歩き疲れて考える余裕がなくなるためか、今のところ散歩から帰ってきたときには気分は落ち着いている。
すこし中に浮いたような、ふわふわとだたよっている時間。

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