生活環境

最終更新日:99/12/27

30万円の時計。
10万円のカメラ
20万円のパソコン。
100万円の車。
10万円の原付。
3万円の自転車。
5万円のラジカセ。
7万円のスピーカー。
ブランドものの・・・。
3000円の本。
3万円の机。
3000円のCD。
何をそろえて、何に対価を払うか

たくさんのモノをそろえたくなるような魅力的な商品にあふれる世の中。「消費こそが美」とまで言わないが、消費は推奨される行為であることは確か。
質素倹約が奨励されることは戦中以外はないのかもしれない。つまり、民衆の財産をコストとしてとらえるとき、国としては倹約を押し進めるだろうし、逆に民衆の散財を市場の開放ととらえるなら推奨することだろう。
そんなことは実のところ、今の私を悩ましている原因ではない。解放されすぎて困っている。例えがおかしいかもしれないが、モザイクの向こう側がみたいと思っていた人が、裏ビデオの山に遭遇したようなものである(下世話すぎてすみません)。抑圧されていたからこそほしいと願い続けていたモノが、あっさりと手に入るとき、人間はかえって困惑するのではないだろうか。
「彼女がほしい」と願っていた人が、突如3人のかわいい子から告白されるようなものなのかもしれない。

ところで、宇多田ヒカルさんがラジオで言っていたことがある。
「彼氏、彼女がほしいと言っている人が多いけど、じゃあ誰とでもいいかというとそうではない。恋ができる相手がほしいと言い換えればいいのに・・・」

どこかで、私もはき違えているのかもしれない。何をほしいのか、整理しなくては・・・。そうでないと、餓鬼の様にいつまでも満たされない空腹感から逃れられない。

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