年始の憂鬱
最終更新日:00/01/04 世の中、面倒なことが多い。そう感じたことはありませんか。もっと簡素化しましょうよ。そんなことを思ったりします。
例えば、よく街頭で販促のために配っているチケット。ついでにいうならCD shopでのポイントカード。どうせ値引くのならはじめから安くしろとまでは言いません。でもね、いちいちカードをもってあるくの面倒だちゅーねん。それなら、なんか1枚の磁気カードにまとめるとかしてくれませんかね。指紋ならさすがに不気味に思えると思うので、カードでいいと思いますけど。ついでにポイント数をwebでみれるようにしてくれて、どうせならメールアドレスもくれたらうれしい。そしたら、定期的に販促の案内を送ってくれるだけで行きますよ。
携帯持っている人も多いのだから、pocket board的な端末も貸し出すとか・・・。i modeとまではいいませんけど。囲い込み端末を配布してもいいのではないかな。その携帯に電子的な情報を詰め込んでくれればこっちとしたら楽ですので。まあ、そこまでしてほしくないというお客さんはたくさんいると思うので、無理にとは言いませんが、私個人的には情報を集めなくて言い分、楽なんですけど。
回りくどい書類をたくさん用意したからといって、何の役にもたたないことは多いです。免許書があったからといって運転がうまくなるわけではございませんし、運転頻度によってどんどんと下手になる人もいると思います。再試験をしなさいとはいいませんが、一度とったら免罪符のごとく効力を発揮するのはどうかなと思ったりします。
過去の書類で効力を有していない物はたんなる紙切れでございます。そこには情報としての価値はあるかもしれませんが、掘り起こさないと使えない代物なら捨てるべきかななどとよく思います。そんな紙切れを相手に仕事しているからでしょうね、無駄な書類をたくさん生み出すことに滅入ってしまいます。しかしながら、文化的でも官能的でもない雪かき(村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」)ではありますが、社内的雪かきをしないことには私の仕事の成果は上がりません。
homepageならどんなに書いてもサーバーの資源は食いますが、それほど影響はないでしょう。訪れる人がすくないとかそういうこともありますが、昔の日記にしてもノートで残して置くよりも、textで残して置いた方が検索も効きますし、2次利用もしやすいというものです。
でも、書類の存在意義なんて触れてはいけないことかもしれませんね。ちなみに書類をたくさん積み上げることである種の人たちには信用というものが構築できるようです。
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