自分の野望

最終更新日:00/01/05

人の野望を聞くのは嫌いではないが、「君は何がやりたいの」と聞かれるのは嫌いである。普段から深く考えていない。目の前にあることは片づけたいと思う。けれども、長期的にどうこうするのは考えない。いきあたりばったり。「ちゃらんぽらん」。
ひどい言い方だと傷ついたこともあったけれども、今は「その通り」としか思わない。そう、適当なのだ。

適当に流れていくのではなく、流されていく。もしかして、既に亜流に入っているかもしれない。けれども流れている内はあんまり深く考えない。もし、水がなくなって泳げそうになくなったら、陸に上がって歩く。歩くのが困難になったら空を飛ぶ。飛びにくくなったら、水に潜る。そんなことしか考えていない。早く泳ぎたいとか、泳ぎを極めたいとか思わない。はなから諦めている時もあれば、興味がわかないこともある。とりあえず、「進む」ことしか考えていない。
出世とかもぜんぜん興味がないわけではない。進みにくくなって、状況を打破するために出世しなければならないのなら出世しようと思う。けれども、出世そのものは目的にはならない。一番を極めるという作業は非常に疲れる。競争はきらいだ。だって、面倒だから。
そういうことは口にしないようにはしている。変な目で見られることはかまわないが、質問されるのが嫌いだから。

年末、年始と時は流れると、抱負をきかれる。「のんびりと流れていきます」そんなことしか思いつかない。楽園。楽しい園ではなく、楽な園。どこまでも適当。
今の目標は「窓際族になって、端から流れを見つめる」。土手から川に泳いでいる魚を眺めるように。新年早々疲れているのではない。単に今の現状に満足しているから。日向ぼっこするのは気持ちいいから。体を灼いてモテるためではない。それまでに体型を戻さなくては。

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