今後の必要な技術
最終更新日:00/02/20 この時期となると、就職活動が新たに始まる。毎年恒例の行事であるが、本人にしてみれば一生に1回ともなる合同試験である。大学受験にしろ、高校受験、中学・・・・、など以外にも試験があるように、試験というのは公正さ?を表現するために実行される時期が決まっているものが多い。武道にしても、段昇格の試験は決まっている。
ある程度の実力がついた時点で卒業ということができるシステムとしては運転免許があげられる。だが、大抵のことは管理しやすいように時期を一定にしているものが多い。就職試験は「青田刈り」を防ぐためか形上の就職協定というものがあるのだろうが、実際は関係ない。既にスタートは公平でないのだから。
さて、社会慣れしていない人々の頭をガツンとたたくのが、就職試験である。だから、将来に関わるかというと意味をなさない気がしてならないが、ルールのあってないような世界のスタートとしては意味のあるものだろう。ルールの存在意義がないものに対して、ルールを遵守するかそれとも当然の如くやぶりすてて乱入するか。人事にたずさわったことはないが、人事部長のOBの意見を聞いているとほしい人材が決まっており、そのニーズに合うかどうかが先決するようだ。だから、ニーズにあわなければ優秀な人であっても採用されないということだ。
だから、実際いくつも内定をもらおうが本人の能力が高いということに直結はしない。異なる業界で内定をもらった場合は基本的な資質があるのか、世の中が求めるジェネラルの部分がマッチしたのだろう。一つの業界でいくつも内定をもらったのならそれは専門的な資質なのかもしれない。とりあえず、本人が行きたいところがあるのなら1つで十分なのである。
毎年人事施策は変わるので、試験というものがそもそもそんな性質を持つものだから諦めてもらうしかない。だが、「specialist/generalist」論は毎年行われているようである。そして、毎年どこからともなく現れる人事部長に翻弄されるわけである。さてさて、せっかく入社してもGAPに苦しんでやめる人も多い。ところで、内定をもらうと「ウチの会社」とすぐに愛社意識が芽生えるのだろうか。
よく、ありそうな話。
パソコンは使えるべきか、そうでないか。
携帯電話はもっておく必要があるのか、ないのか。
英語はできなくてはいけないのか。
新聞は読まなくては・・・。
すべては「やっといて損はない」と言われやすいものです。しかしながら、万人に必要とはいいません。「いらない人」には無用の長物です。「いるかいらないか」判断のつかない人はやりましょう。携帯電話がなくてもなんとでもなりそうですし、パソコンは使えなくてもかまいません。必要なときにだけ端末操作できさえすればいいと思う。自分でプログラム書かない限りは。キーボードアレルギーさえなければいいと思う。端末に恐怖心さえ覚えなければ。
銀行の現金自動支払機の使い方や、郵便振り込みの機械を覚えなくても、係員がいれば窓口で頼めばいいことである。そう、わざわざ銀行の支払機の使い方を学んでおこうと考える人はいるだろうか。使いもしないワープロの操作方法を覚えるのは無意味なことである。そういう意味では無目的の手段を身につけるのは時間の無駄になる。でも、まあ英語は適当に使っておいた方がいいかもしれない。結構忘れてしまうものだから。
スペシャリストとジェネラリストの話は結局出来なかったが、なりたい人がなればよろしい。
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