局地における人間関係

最終更新日:00/03/22

大学で環境問題というだだっ広い学問の入り口で路頭に迷っていたころ、面白そうな試みを授業で聞いた。アメリカの砂漠(単に土地が安いから?)のど真ん中に外部との環境を遮断したビニールハウスの完全版?みたいなものを作って、そこに人と動物を閉じこめて閉鎖空間を作るという内容だ。
閉鎖環境における実験の意図は、宇宙でのいわゆるロケットや月面基地もしくはスペースコロニーを作る際に空気や食物連鎖をうまくつかえば、外部からは光(太陽)エネルギーだけで永遠にまわすことができるのかどうかの部分的立証だった。最終的には実験は中断してしまい、今は単なる公園となっている。

大学といえば、講座である。もしかするとサークルと答える御仁もいらっしゃることだろうが、とりあえず講座ということで話をすすめる。講座というのは教授が絶対であり、その下に助教授、講師、助手、院生、研究生、4回生、未配属の3回生だったかな、なんか順番がある。
サークルや体育会と違い、あんまり横並びは認められない。例えば、体育会では入部年度etcがそのまま実力とは関係なく力をもってしまったりする。しかし体育会は、同回生ならば役職に関わらず大抵は横並びである。講座において、横並びは学生だけだ。そこが講座と体育会との違いだ。体育会は永遠と年功序列がつづいていく。講座は今構成している人数のみが権力をもち、出たものは部外者である。会社でいっても、会長のようにおよびがかからない限り定年退職した社員に経営をさわらせないのとおなじなのか。ちょっと、こっちはまだまだ観察不足なので断定はできないが。
講座というのは大人数であれ、少人数であれ三角形でいったら大きさに比例大きくなっていっても頂点から一定の高さまでの面積は変わらないように、TOP5くらいまではかわらないのだ。講座というのが、教授の引退や他の大学への引き抜きとかないかぎり抜けられない。だから、人間関係の凝縮図が見られることになる。パターンとしては、外部とのconnectionを生かしていろいろ新しい人を連れてくる人、以前同じ講座にいた人を頼りにサポートを頼む人、まったく独自で動く人、多分それほど多くのパターンはない気がする。また、学生に対してもいくつかパターンがあるのだろう、けれど別に詳しく観察することもなかったので、ここでは触れない。
ただ、一つ言えることは、「愚痴を言われる側には、愚痴がつもっていく」ということだ。

最後に、始めに述べた実験が失敗ではなく、「中断」したのは、男女7人いた被験者の仲がこじれたからである。カップルになった人達もいたようだが・・・。

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