MLの中のコミュニティー
最終更新日:00/05/14 メーリングリストはchatとことなり、一度参加すると意図的に拒否しない限りどこかの発言者のメッセージが届く仕組みとなっている。体育館のなかで、発言者は舞台の上に立つことになる。もちろん、体育館の片隅で個人的に発言することは可能だが、それではMLに参加している意味がない。目的は情報の共有であり、みんなの反応を求めることだからである。
情報というのは確かなものと不確かなものがある。公的なスケジュールであれば変更がかからない限り確かであろう。しかし、私がこうやって書いている文は存在する事象について言及しているものの、捉え方は人それぞれであり、私の感想が元となっている。
誰かが発言すると、誰かは賛同し、誰かは反発するだろう。しかし、それはlocationによって異なる。BBSではレスがどれほど多いかではなく、一回の発言でどれくらい遊べるか。あんまり真剣に書くならば、絶対反論はでるわけでそれならMLでしようよとなる。大抵の場合、1vs1の対決は後味が悪いので好まれないようだ。
一方、MLの方はレスポンスが早いほど、発言力を増すことになる。別に1人1通というわけではないので、ネットに近い環境ほど力をもってしまう。webであれば、自分の意見もしくは作品が受け入れられるかどうかはギャラリーの感想をしればわかる。だが、MLの場合はROMといった形で沈みこんでしまうとわからない。そういった意見は無視するに限るということで切り捨ててもかまわないのだが、150人の参加者の中で20人程度しか発言しないということは、30人のクラスでいったら4人しか発言しない・・・、小学生の学級会より発現率低いぜとなってしまうわけです。
chatにおいては発言力というよりも、常駐さんがいるかどうかで分かれる。どれほど勢いがあってもやはり常駐さんがいないとすれ違いばかりが多くなってしまう。田舎にある無人売りの野菜じゃないんだから、人を求めている限りチャットには常連さんの存在がkeyとなる。常連がいなくなったことで滅んだchatがいくつもある。掲示板と化して、ほろぶ。砂漠化である。
同じメンバーにしてもいくつかの場をわけることで、勢力図?がかわる。chatが得意とか、BBSマニアとか、ひとりごとメールとか。だが、安定化することは実のところ誰ものぞんでいないのである。せっかくオープンに開けているネットに開設しているのだからと。作ってはほろび、作ってはほろびを繰り返していくことがいいのかな。
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