雨が降ってきました。

 赤い森は雨水をたっぷりと吸い込んで、生きかえるような溜め息をひとつ、もらしました。
赤い森に光は照らず、あるのは果てしない闇と木々の赤い色だけです。時折、どこからか迷
い込んできた動物の死骸をみかけますが、生きた動物の姿はもう、長い事森はみていません
でした。

----血の匂いがするぞ

 樹齢百年を過ぎてる糸杉の樹は、感じました。

----生きた血の匂いだ

 その言葉に他の木々達は応じるようにザワザワと唸るのでした。糸杉の言葉どうり、みすぼ
らしい風情の母娘が赤い森に逃げ込んできたのです。この母娘は、只の乞食でした。恐慌に陥
った街では、あわれな母娘にパンを与える人間はいません。母娘は、誰も訪れる事のない赤い
森にくれば、少しの果実でも口にすることができるかもしれないと、わずかな希望を抱いてい
たのでした。

 だけど、母娘がみたものは、赤く枯れた木々の群れと、白骨化した動物の死骸でした。どこ
を歩いても、みえるのは絶望だけです。母親は、醜く骨の浮き出た胸元に娘を抱き寄せました。
娘の肌には業病特有の印が、いくつもあり、おまけにもう何日も食べていないので歩く事すら
ままならぬ状態でした。

 母親は、何とかして、娘に食べ物を与えたかったのでした。娘の体は 栄養不足の為、年頃
にも関わらず、まるで棒かなにかのようで髪は針がねのようです。それに加え、ハクチでした。

 母親は、しばしば、娘を街の男達に売った事がありました。その金でパンを買い、腹を満た
していたのでした。娘の業病は、そのいづれかの男に感染させられたのです。

 母親は、それがどの男だったのか、たぶん、気づいていました。男が金を渡す時、手の甲に
うっすらと病気の印が着いていて、母親は思わず小さく悲鳴を上げたのですから。母親はその
とき得た金で買ったパンの味を思い出していました。

 どのくらい----------時間が過ぎたのでしょう。

いよいよ雨は勢いを増し、母娘の体を凍えさせました。腕の中の娘は、ヒクヒクと震えだし、
ア−−−ア−−−と赤ちゃんのように手放しで泣くのでした。

 娘にマリアという名前をつけた日は、もうどのくらい昔でしょう。あのころ唄った子守唄
が、母親の頭の中を流れました。マリアの幸福を願った日を。

 母親は、自分の乳首を切りつけました。血の玉が、溢れてくると、娘の口元に注ぎました。
ハクチの娘は、何の事か解らず、注がれた血を、すっかり飲み干しました。
 
 次に母親は、自分の腕に噛み付き、その肉片を娘に口移しで食べさせました。娘は、驚く
ほど眼を見開き、母親の肉片を咀嚼しました。

 ゴクンと喉が鳴る音がすると同時に、娘は母親の千切れ欠けた腕に思いきり噛み付きまし
た。恐ろしいほどの激痛に、母親は耐えました。

 「マリア」

 母親は、そういうと眼を静かにつぶり、横になりました。娘は、よつんばいになり、母親
に差し出された食事を味わいました。

 クチャクチャ・・・・・クチャクチャ・・・・片腕を食い尽くした娘は、今度は乳房を食
べ始めます。

 赤い森は、血の匂いに昂ぶりました。

 母親の死体から筋状に流れた血は、まるで血脈のように赤い森に吸い込まれていくのでした。

 

Top