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緊急リリース3 〜一教師の子ども達を見つめる目から一言〜
研究紀要原稿
**小学校教諭 ******
『続・子どもたちとともに”私の教育格言集”』
【始めに】
3年前の****研究紀要第1号発行の原稿を書いてから、保護者の皆様や諸先生方から数多くの心温まるお便りを頂きました。特に、第2章の『私の教育実践格言集』には、私学の他の学校の先生よりもお便りを頂き、その後の東京初等学校の半日研修会や一昨年の日小連の全国大会等、発表の場を頂けたことは、私自身の良い自己研修になりました。
『…昨日頂きました研究紀要、読ませて頂き涙がこぼれ、また、随分反省もしました。「笑顔で帰す」とありますが、朝、家を送り出す時、上の子供の時には笑顔で送り出すと心がけていたのが、いつの間にか忘れて、せきたてる様に、ひどい時には叱って泣かせて送り出すこの頃です。これからは「アメリカインディアンのおしえ」の本と共にいつもベットの横に置き、心がすさんだ時、読み返して、先生の純粋な子供への思いにふれていたいと思います。…』(ある保護者の方より)
『…学級経営部会研修では貴重な話、有り難うございました。心が洗われる思いで聞いておりました。作業も少しさせながら、独特の語りかけ、実に見事でした。五十を来年迎えようとする僕にとっては、貴男の教育現場での鋭い感性が羨ましくもあり、少々焦りを感じた次第です。…じかに話し会える機会があればと願っていますが、僕が入り込む余地がないほど一時間、一時間を将棋に教育に燃焼されている様子、私学人として出会えたことを嬉しく思っています。』(S学園小学校教諭)
『…夏の私学研修会ではとても素晴らしいお話をどうもありがとうございました。先生の一言、一言が私にとって大変衝撃的でした。もっともっとお話を伺いたいと思いました。そしてとても希望的な気持ちとなり、すぐにも、実践したいと思っていました。待ちに待った2学期を迎え、あれも、これもと欲張り、失敗もあるのですが、充実した日々を過ごしています。学級通信を始めたこと。教師の連絡をよくし、風通しのよい組にすること。「テストは新鮮な魚」すぐに返すこと。休み時間は子供達のそばにいて見守ること。握手と一言で子供と別れること。中学年ということでなかなか思うようにいかないこともあるのですが、子供達にもなんとなく私のはりきった気持ちが伝わっているようです。これから少しずつ自分なりの格言が出来ていくように一日一日を大切に過ごしたいと思っています。…』(J学園初等部教諭)
『小学校低学年の担任として』を読んで、また実践してみて、共感するところが非常に多いと思います。私自身、以前に4年間低学年の担任をし、今年度で5年になります。低学年の子どもは、高学年に比べると自分達で出来ることが少なく手がかかります。まして1年生の初めは、ものすごく大変です。何しろ学校に初めて入ってきたのですから。でも、最初の大変な時期を乗り越えさえ出来れば、人間形成が発展途上にあるがゆえに、非常に楽に過ごすことが出来ます。かといって、こちらがさぼってばかりいては、子どもは育ちません。子どもも生きています。成長しています。そこが教育のむずかしさ、素晴らしさなのかもしれないと思っています。(**小教諭)
など、本当に有り難いお言葉を頂きました。そして、いつかこの続編をと心に誓い毎日を過ごしてきました。幸い続編をどうかという声をかけて頂けましたので、この間に書きためたものの一部をお届けしたいと思います。
第1号の冒頭で私は当時次のように書き始めています。
『…この文を書くにあたり私は、自分の考え、想いをどう表現したらいいか迷い、苦しみました。少考後、自分の気持ちに素直になって、ありのままの考え、実践を報告してみようと思ってからは、少し肩の力がぬけました。**の児童たちのため、”1時間1時間の授業を大切にしたい”という想いの記録が、『第1章の生活科の授業記録集(抜粋)』です。そして、小学校低学年の担任として、子どもたちとともに学び教えられたことが、日々の教師生活の信念となって、現在実践していること、ある一教師の修業過程としての報告が、『第2章 低学年担任として大切なこと(私の教育実践格言集)』です。諸先輩方のご批判ご意見を頂ければ幸いに存じます。…』
当時の原稿を読み返してみると自分でもまだまだ未熟だなと感じる箇所が多々ありますが、基本の考え方は、今も変わらないでいます。当時は1、2年の低学年の担任が長くなり、新しい教科の生活科の実施の移行期間の中にいた自分が、いかに教師として振る舞い、実践していったらいいのか思考錯誤の渦中いました。自分の実践を振り返ることは、勇気のいることでもあり、また恥ずかしいことでもありましたが、多くのことを示唆してくれました。子どもたちの中にそのヒントがあると実感したのも、題名を『子どもたちとともに歩む』とした証です。
前編では、〜低学年の担任として〜私の教育実践として以下20の項の格言を記載しました。
1「テストは新鮮な魚、新鮮なうちに処理せよ」
2「学校に行きたくないといわれたら負け」
3「休み時間なし」
4「学校は休まない」
5「子どもにもう一度チャンスを」
6「低学年は子ども×2が相手」
7「1時間1時間が勝負」
8「朝、教室で子どもたちを待つ」
9「放課後の机の整理が反省の場」
10「首をまわして指名」
11「1学年1クラスとして」
12「点数は大きく」
13「笑顔で帰せ」
14「成長の足跡を残せ」
15「低学年にあたりまえはない。あたりまえを認めよ」
16「子どもの世界を知る」
17「話は、ゆっくりと」
18「話の途中で、確認を」
19「先生、次になにやるのゼロへ」
20「子どもの目が下がったら負け」
【本論】
『続・子どもたちとともに”私の教育格言集”』
その後、書きためました、私の続・教育実践格言です。
21「指君、鉛筆君遊ぼうは子どものサイン」
低学年の授業をしていますと、大変面白いことに気付きます。それは子どもたちの手や指の動きです。参観日など保護者の方は自分の子の姿勢や動きに注意がいくことと思いますが、そういう時の子供たちの手や指はどうなっているでしょうか。教師側から見ているとまさにその動きこそ、子供たちのサインであるのです。鉛筆をいじくりまわしていたり、視線まで手や指の方に向けられたら、教師に対する無言の抵抗であると自負する必要があると思います。
22「誰でも認められたい」
人間誰でも褒められたいですし、人から認められたいという社会的欲求を持っています。子ども達はなおさらその欲求は強いですし、それは大切な意味を持っているように思います。授業中、手を挙げて発言し、答えが間違った時、笑ったりして、辱めたりしてはいないでしょうか。手を挙げみんなの前で発言出来た勇気と行為を讃える気持ちを教師は忘れてはならないと思うのです。いつも子供たちを認めてやる気持ちが、やがてクラスの友達同志の友情に結びつくように、私はいつも祈りながら授業をしています。
23「導入で授業は決まる」
授業の始めの3分が、この授業がうまく展開するか、失敗に終わるを決めるほど大切な時間です。チャイムがなり、挨拶が終わり、児童が着席し、教師の第一声で自然に全員の目が教師の方へ向き、集中できる瞬間、その授業の評価が半分は決まると私は思って授業展開を考えます。始めの言葉や行動をいかにするかを色々とバリエーションを持っている教師、視線一つで児童を引きつける教師など、私も本物のプロの教師になりたいと願いながら毎日の授業にむかいます。
24「子どもと一緒にテスト」
子供には、頑張れ、頑張れと声援をおくるだけで、テストを頻繁に行う教師が多くいます。私もそういう時期がありました。テストをやらせるけれども意外にそのテストを実際に自分でやってみる教師は少ないように思います。勿論、テストを監督をすることも大切な仕事には違いないと思いますが…。実際に自作のテストをやらせたりしている場合は答えをあらかじめ知っているわけですので、自分でもう一度やるのも面倒くさいと感じるからでしょうか。時には、テストをやる前や実際にやっている時、教師が本気になって子供たちと一緒にテストを受けてみる場面も大切に思うのです。やってみると、意外な発見があったりするものです。(時には教師よりも子供の方がはやく正確に…)ご家庭でも、子供に叱咤激励するだけでなく一緒に本気で問題に取り組んでみてはいかがでしょうか。
25「授業中の子ども、遊びの子ども」
私達大人の社会では、それぞれ色々な顔を持って生活しています。学校の中でも子供たちは授業中と休み時間の顔がそれぞれ違う顔を持っています。時に教師はその違いに気付かずに、この子はこうだというレッテルを貼ってしまう傾向があるように思います。教師がいる時に見せる顔と子供たちの集団の中の顔の両面をまず教師が知ることが児童理解の第一歩だと私は思っています。休み時間のグランドには、この子供達の本音の顔が溢れています。教師もこの中に入り子供たちを観ることによって、色々なヒントを子供から教えてもらえると思うのです。
26「お早よう、よくきたね、先生嬉しいよ」
私は現在朝5時20分に自宅を出て、6時20分にはすでに職員室で仕事を開始する生活をしてます。10年近くこの生活リズムでやっていると多少冬の朝など辛いこともありますが、すでに習慣になってしまいました。ひと仕事を終えて、7時30分には教室へ子供たちの顔を見に行きます。初めはこちらから挨拶しても、元気に挨拶は返ってこなかったのが、次第に元気の良い声が返ってくるようになりました。「お早よう、よくきたね、先生嬉しいよ」という気持ちで挨拶を交わしたいと思うのです。たとえていうなら、小売店の主人のように、お客さんを迎える気持ちで。学校に来てもらっていると言う気持ちを教師が持つ謙虚さも必要だと思うからです。
27「人の話を聞く」
子供には人の話しを聞けよといいながら、子供の話を最後まで聞かないで、指示をだしてしまう場面がままあります。私自身もわかっているつもりでも、時間におわれてゆとりを持って子どもと接していない時が正直あります。自分自身の心のゆとりがないといけないといつも思います。教師も親もゆとりを持って生活すること、笑顔で接する心の余裕が”話を聞く”秘訣であるようです。
28「教室は失敗する所」
子供たちにこの格言集の話をして、一番子供の心の中に残ったものはどうやらこの「教室は失敗する場所」という格言だそうです。クラスが変わり、初めての授業では必ず「この教室では失敗してもいいんだよ。たとえ間違えても先生は叱らないし、友達は一生懸命発言した子の勇気を大切にして欲しいと思う」と話します。毎年学年末のアンケートをとると「この格言の話をしてもらったので勇気を出して手を挙げられるようになった」という感謝の手紙をもらいます。失敗の中から本当の勉強が始まると思うのです。
29「全員が列車に乗込むまではドアを閉めない」
1年生の最初の保護者会で私はまずこの格言を話します。教室を一つの列車にたとえるならば、毎日の授業の中でたとえ一人でも、無視して次の駅に行ってはならないと思うのです。全員をいかに上手に列車に乗せて、ドアを閉め、次の駅に向かうかは、担任の腕の見せどころといえるでしょう。多少発車のベルを鳴らしても、決してホームに児童を残して次の駅に向かってはならないと思うのです。
30「ゆっくり、あわてず一歩一歩」
29の「全員が列車に乗込むまではドアを閉めない」の格言を話した後、必ずこの格言のことも話をします。特に教育の世界では、今日実行したことがすぐに翌日に結果として現れないことの方が多いように思います。一年後に現れることもありますし、徐々に現れていて結果を見過ごしてしまうこともあります。「ゆっくり、あわてず一歩一歩」やっていくことによって子供の本来の自発性が育まれると思うからです。
31「遊びを大切に」
学校と塾との大きな違いの一つに休み時間があります。学校では、正式に授業の合間に遊びの時間が確立しています。子供集団の中での遊びの取り扱いが隠れた成長のエキスなのです。遊びの中から子供たちは様々な体験をしています。友達同志の横の繋がりの中での子供だけの社会を確立していく様子は、さながら大人社会の縮図を見ている気がします。集団の中で奮闘している子どもたちの時間に教師も中に入り、見守る位置に居ることが大切だと思うのです。
32「生活時間を朝型に変える」
学校に登校した瞬間からすでに教師の責任であるという自覚を持って生活することが必要ではないかと私は思います。担任をした4月に「どうぞ、私にお任せください」と宣言した以上、子供たちより先に登校することがせめてもの私に出来るお返しだと自分に言い聞かせて今まできました。生活を思い切って朝型に変えたことにより、小さな時間が生まれました。そんな早朝の時間に書きためたものがこの格言集になったのです。
33「先輩の技術、長所をぬすむ」
新任の時は、右も左もわからずに教室に放り込まれたようで、夢中でとにかく精一杯やっていただけだったように思います。そういう時、助けて頂いたのが職場での先生方でした。とにかくわからないことは聞きまくり、先輩の行動や指示の出し方、話し方等そのやり方を盗んでは、メモして、実践していたように思います。実践の中で修正したり、工夫をして自分なりのやり方がようやくできるようになってくるまで5、6年はかかったように思います。しかし、いつまでもこの気持ちを持ち続けること、謙虚な姿勢を忘れた時点で教師の成長も止まると自分に言い聞かせていくことが私には必要だと思っています。
34「話し方・教師の位置の技術」
人にものを伝える仕事に携わっている教師は色々な技術を身につけている必要があると思いますが、その一つに話し方があると思います。特に1、2年の低学年の担任になると自然と話し方もゆっくりと分かりやすいように話せるようになるようです。低学年の児童は高学年の子と違い、つまらない話やわからない話には態度で反抗してくるのですから…。また、教室での話し方と同時に教師の立つ位置も工夫が必要です。常に黒板を背に向けて話をするのではなく、時には児童の中心に入ったり、色々と位置を変えることも1つの技術といえると思います。授業参観や公開授業など、教師の位置だけを観察してみると面白いものです。
35「花、生き物と共に」
私も含めて、男子校の**では教室環境が今一歩のように感じます。私の教室の場合でも、子どもたちはどうしても植物よりも小動物の方に興味関心がいくようです。ところで、各ご家庭での児童の机上はどうなっているでしょうか。食卓のテーブルだけでなく、勉強机の上にも花一輪を飾る気持ちが今とても大切に思えてきます。勉強中にふと花を見る児童の心に、”君を見ていますよ””頑張って”という気持ちが伝わり、子供の感性ややる気になっていくように思うからです。花も自分の生を精一杯生きているのですから、僕も頑張ろうと…。
36「質問の答えは全員に」
教室で、子供たちは、よく教師の所に来て質問をする場面があります。そういう時教師は、答える前にその質問に対して、まず2つの選択をする必要があります。それは、その個人に向けて答えるのか、それともクラス全体に聞こえるように答えるかということです。その選択によって教師は声をわざと大きくして、皆に聞こえる様に答える場面もあります。子供たちは、常に教師の行動を無意識に観察しているのです。こういうことをすると先生はどう反応するのか、質問出来ない子にも常に気を配る必要があると思うのです。
37「答えを早く出すな、一日待て」
毎日の学校生活の中では、色々な小事件が起こります。子供同志の喧嘩や忘れ物やなくなり物等、時には学校にいる時間では解決しないで、ご家庭にまで問題を持ち込んでしまう場合もあります。この様な時は、一刻も早く解決をするよう焦り、すぐに行動してしまうことがあるでしょう。しかし、そういう時はまず子どもとじっくり話し合う時間が教師にも親にも必要だと思います。そんな場面になった時、私はまずこの格言を自分自身に言い聞かせて対処を考えています。
38「テストの返し方がポイント」
テストが終わり実際に教室ではどのように答案が返されているでしょうか。一人ひとりに教師から手渡しで返されています、または、児童が配っている場合?…。テストが終わり教師が1枚1枚返す場面での一言を考えながら私は採点をしています。成績が良い子への一言は”良く頑張ったな””努力が結果になったね”等。前回よりも1点でもあがった子などには”前よりよくなってきたぞ、次もしっかりとな”…。テストを返す時の一言にも気を配る必要を感じます。次につなげるためにも。
39「子どもの生の声(作文)を使え」
保護者会やクラス懇談会などでは出来るだけ児童の様子や現在の児童の成長をお知らせするようにしています。それには、子供の作文などを使ったり、クラスの出来事、なにげない子どものつぶやきを入れてお話を聞いてもらいます。クラスの様子、そのことに対する担任の考えがそれによって伝わると思うからです。教育の話を聞いて一つも子供の話が出てこないようなものは聞く必要はないと私は思います。子供を本気に観ている人にこそ話が出来ると思うからです。
40「グループ面談とお茶」
保護者会など、教師一人とクラスの保護者全員では、なかなか両方行の会話は難しいようです。数人のグループと教師を交えてのグループ面談はその解決の一つの方法だと思います。教室で無作為にグループを分け、テーマを決めてディスカッションをしていく中に保護者同志の輪も広がるようです。その時、お茶やお菓子を用意して話し合うようにするとまた一味違ったスムーズな会話が展開されます。子供同志の比較ではなく、人の話を聞いて、自分の子を改めて見つめ直す機会になって欲しいと思うのです。
41「子どもの成長が家庭への返事」
毎年4月、新学期の保護者会で私は「どうぞわたくしにお任せください」と宣言をします。自分の出来る限りのことをやりますと誓います。44名の掛け替えのないクラスの児童をより良い方向に導くように祈ります。そして、来年の3月を目指して一歩一歩スタートするのです。保護者の方々の多数のお便りの中にはお子様の性格や最近の様子など様々な情報を頂きます。それは担任に少しでも早く自分の子を知ってもらい、理解して欲しいという親の愛情でもあるのです。その気持ちに対して出来る限りの返事をメモにして一言い返すようにしていますが、忙しい日々の中ではそれもままならないこともあります。そんな時は、子どもに声をかけるようにしています。「最近、君、車のプラモデルを作ったでしょう」「えー、何でそんなこと先生知っているの」「君のほっぺたに書いてあるよ」など、子供との会話が展開します。帰ってから子供はお母さんにこの会話のことを話すでしょう。子供との会話が返事になったのです。そして、1年後の子供の成長こそ本当の家庭への返事だと自覚して生活しています。
42「一年間完全投球」
私は中学生まで野球部に所属していました。本格的に所属クラブに入りいわゆる野球少年でした。中学1年の春、バッティングピッチャーをしている最中に投球骨折をしてしまいました。右上腕部にヒビが入っていたこともあり、痛いのに無理をして投げ続けていたのです。それは、基礎体力不足で体をしっかり鍛えていなかった罰でもありました。でも1ヵ月の入院と1年間のリハビリは幼い甘えた気持ちの私には良い薬になりました。病院生活では様々な方がいて、それでも一生懸命生きているその姿を見て色々なことを考え、学んだように今思います。”腕も折れようと、投げ抜く投手””一年間完全投球”の気持ちは、今も変わらずその意気で生活しています。
43「、。に注意して、ゆっくり読む」
1年生の国語の教科書はとても大きな字で挿絵がふんだんに使ってあります。初めはこの教科書をどのようにかみ砕いて指導したらいいのか悩んでしまいました。じっくりと1ページずつめくって見るうちあることに気がつきました。それは、”、”や”。”や”行間”です。”、”や”。”そして、”行間”にもそれぞれ意味があるのです。これを児童に注意させて指導していくだけで国語の学習は大変意味深く広がりを見せてくれるのです。ゆっくりと”、”や”。”に注意させて読んで見ると様々なことに気付くものです。
44「おもらしの世話がポイント」
低学年の教室では頻繁にどうしてもおもらしが起こります。その時どのように処理をするかが担任としての力量が計られると思うのです。事態が起こると本人はもとよりそれに気付く他の子がいる場合もあります。素速く、清潔に処理してやり、本人がスムーズにクラスの集団に入れるようにしてやることが大切です。このことは決して恥ずかしいことではなく、誰にでも起こり得ることだということを時には全体にお話をする場面もあります。
45「具体物が授業のカギ」
導入も授業に大切ですが、具体物を授業に一つ入れるとさらに引き締まったものになります。料理でいう調味料や隠し味といったところでしょうか。スパイスがきいた授業には、児童の目の輝きが違ってきます。そんな授業を私もしたいと思っています。
46「夢を話す」
諦めの言葉、無気力、どうせ僕なんか…等の発言やつぶやきが出た時、私はよく自分の考えや夢を話します。世界的な偉人の話をする時もありますが、身近な人の話題や自分自身の夢を話します。何もしないであきらめるより、出来るだけのことをしてそれで失敗する方がきっとその人の力になると思うと話します。限りない可能性の芽を持っている子ども達のやる気は、夢を持つことから始まるように思うからです。
47「テストは2回、直した評価を」
低学年で、私は必ずテストを返した翌日にやる気がある子は直して再提出させるようにしています。テストを返すとどうしても点数だけしか関心がないようで、肝心のどこがどのように間違えたのかということの作業がおろそかになってしまいがちです。自分の弱点を直し次回につなげるための作業を大切にして、評価してあげたいと思います。
48「教室の中の環境、なくなり物は教師の責任」
教室の中では小さな事件が次々に起こります。その中でもなくなり物はやはり多くの問題を含んでいる場合もあり、教師にとっても難しい問題の一つです。鉛筆や消しゴム等の小物から、靴下や帽子、シャツのような身につける物、そしてクラス内の皆で使うものなど…。同じ様な物を所持しているのですから本人が無意識の内に隣の子の物を使っていたり着ていたりすることも多くあります。一人ひとりが自分の持ち物の管理をしっかりする様に時には声をかけたり、点検してみたりする場面もあります。事件が起こった後に声をかけるのではなく、事前に常に呼び掛けをしておくようにしているのですが、なかなか思うようにはいかないのが現状です。「なんでないのだ、しっかりとしろ」と児童に怒る前にその言葉を自分の指導不足と認識していかなくてはいけないと思います。
49「採点したテストは一人ひとりに声をかけて」
38の「テストの返し方がポイント」の格言でも書きましたが、この一言で児童のテストに対する受け取り方が違う様に思います。頑張った子にも、失敗した子にも「よし」「いいぞ」「次、頑張れ」「ここを注意して」「見直し」「丁寧に」「良くなっているぞ」「油断」など…。ほんの一瞬の居合い抜きの言葉掛けに勝負をかけるのがプロ教師だと思うのです。
50「授業案は板書から」
私は新任の時より毎日の授業指導略案をつけています。毎時間指導案をつけているので1年間ではかなりの厚さの冊子になり、学期ごとにまとめて保管してあります。この時間には誰を指名したか、その授業の評価はどうか等メモ程度ですが記入されています。10年以上も続けていると指導案の作成には、板書を初めに考えてから展開を考えると自分でもどう授業を組み立てたらいいのか”考えのヒント”が見えてくるようになってきました。そうはいっても自分でも、本当に納得して子ども達に理解してもらい、力をつけられたという自信を持って言える授業はなかなか出来ないでいるのが現状です。
51「文字は机の上の置き場所から」
1年生の学習の中で特に重要なことの1つに文字の指導があります。平仮名、片仮名から漢字の指導、さらに文字の形や書き順、そして、鉛筆の持ち方や筆圧など細かい観点を毎日の学習の中から段階を踏んで身に付けさせていきます。どうしても書いた文字の”綺麗さ”に大人は目を向けてしまいがちですが、その子自身の丁寧さを注意深く観てあげることが大切だと私は思います。”丁寧に作業出来る力”を低学年のうちに身に付けさせてあげることは、中学年や高学年での学習にとても重要な影響を与えると思うのです。
そして、その指導についての最初の授業では、私はまず児童の机上のノートや筆箱の位置について指導するのです。子どもの文字の雑な面を叱るだけの指導ではなく、児童の机上はどうなっているかにまず目を向けさせてやることに文字の指導のヒントがあるように思うのです。
52「範読は歩きながら」
テレビの歌番組を見ていると歌手がマイクを持ち、歩きながら、または踊りながら歌っています。では、教室で教師はいったいどのようにして教科書を読んでいるのでしょうか。児童に模範の読み方をすることを範読といいますが、時には歩きながら読んでみると効果的です。普通、児童は先生の読み方を注意深く聞いているのですが、教師が近付いてくるとやはりちょっとした緊張感が生じるようです。常にクラスの前に座っている子にも、教室の後ろの端に座っている子にも”君を見ているよ”という無言のメッセージを送る気配りが大切だと思うのです。
53「プリント集めの子への一言」
教室では、毎日様々な用紙を配ったり集めたりします。多くの場合列の一番後ろの子に集めさせることがあります。1枚1枚集めてくれた子への一言をどのくらいの教師が言っているでしょうか。「良く集めてくれたね」「ありがとう」「向きを正してくれて助かるよ」等一言かけてあげることが学級経営にとって大切ではないかと思うのです。それは、少なくともその集めてくれた子に対する礼儀であり、クラス全体への指導にもなると思うのです。そういう気持ちを持ち続けていきたいと思います。
54「ストローの袋は先に集める」
学校では、お弁当の時間に牛乳が出ます。**小では、低学年では紙パックの牛乳、中学年ではビンのものが出ます。昼食が終わり片付けをして掃除の時間になります。するとほとんど必ずといっていいほどストローのビニールの袋や蓋等が1つは落ちているのです。確か先程、注意して集めた筈なのに…。実はこのことは指導の仕方1つで100%このゴミがなくなるのです。それは、”牛乳を飲む前”に列の後ろやグループの係の子に集めてもらうのです。”口をつける前に集める”といったほんのささいな事でクラスが変わっていくのです。集団での教師の一言を磨いていくことがプロ教師の道ではないかと思うのです。
55「参観日には学校を回れ」
学校での授業をしていると他のクラスではどのように指導しているのかということが実はあまりどの学校でも細かくは分からないでいるのが現状ではないでしょうか。そのために研究授業や公開授業といった研修が行われているのでしょう。となりのクラスやある先生の指導について是非授業を観せてもらいたいと思っていても自分の授業があったりまたは雑務等、なんでも勝手に人のクラスには入っていけないものです。私も新任の時にどんな指導を他の先生方はしているのか興味があって参観日の日に自分の空いている時間があれば出来るだけ学校を回り色々な先生方の授業を保護者の方々の後ろから観せて頂くようにしたのです。その中で、自分が気付いた点や指導方法をメモして、学んでいったように思うのです。
56「体操見本は1テンポはやく」
どこの学校でも実施していることの1つにラジオ体操があります。教師になるための実習にもこの模範体操があります。児童の前での体操見本は児童の逆向きにやることを教えられます。そしてもう一つ大切なことは、1テンポ児童よりもはやく動きをとることも大切だと思います。児童が見て自分の体を動かすほんのわずかな間を考えてみてもいいと思うのです。
57「プリントの配り方も工夫を、サンドイッチ方式で」
学校では多くの連絡のプリントや学習のプリント、テスト等の用紙が児童に配布されます。特に低学年では、一人ひとりに教師が配ることも難しいようです。教師が一人ひとりに手渡しで配るゆとりと時間があればいいのですが、そうもいきません。列の先頭の子に列の人数分を配り、1枚取って後ろへ渡す方式をとる場合が多いと思います。いくつもの種類のプリントを配布する場合には、大きさの同じものを続けて配布しないで、B4の大きさのプリントだったら、次にはB5とかA4の違う大きさのものを配布してあげるサンドイッチ方式で行うと配布ミスも減少するようです。
58「歩きながら話を」
52の「範読は歩きながら」の格言と同じ意味で、時には教室を歩きながら話をしてあげることは同じ話をするのでも効果が変わるように思います。歩きながら児童の中に入っていき、児童を挟んで視線を教師から一番遠くに居る子に向けてあげるようにして、次に左右を見ていくように教室全体を見回します。常にみんな一人ひとりを大切に。
59「仕事は朝に」
生活を朝型に変えてから、まだ誰もいない職員室でこれから始まる学校での一日を考え授業や朝の話を考えます。昨日はこの子にはあまり声をかけてあげなかったなとかあの子は最近元気がないなとか色々なことを想いめぐらせる貴重な時間になりました。さながらこれから舞台にあがる前の舞台袖といったところでしょうか。そして、本番が開始されるのです。いつも、心地良い緊張感を持ち続けたいと思っています。
60「教育場面問題集のすすめ」
書店には、子ども達用に様々な種類の学習問題集が氾濫しています。しかし、教師が毎日遭遇している教育場面についての問題集はあまりないように思います。一人ひとりの子どもが違うことや学校の教育体制や教育目標や方法が違いますので、その問題についての正解は1つには決めらないことは分かります。でも、ベストの方法ではなくよりベターな方法を模索するための教師用の問題集があってもいいのではないでしょうか。私も2年前から学校での様々な教育の場面から自分で行ったことをメモして『教育場面問題集(案)
』を作成して他の学校の先生方に試験的に話し合いの場のよりどころとして試していだだきました。まだまだ、未完成ですが、一つの試案として多くの教師の話し合いの場が増えていき、このような格言を自由な雰囲気の場でお互いに公開し合い、自己を高めていければ素晴らしいものになるのではないかと思うのです。そうすることが、子ども達の伸びやかな成長につながるのですから…。
【終わりに】
61「辞表を胸に」…。
今年度私は長かった低学年の担任に別れを告げて、5年の担任と算数を指導しました。ちょうど3年前に紀要に発表した時の子どもたちを、今度は高学年としてまた迎え、受け持ったことになります。高学年としての難しい年齢になり、不安定な時期の児童の心をどうとらえ、自立させていったらいいのか私自身も悩み苦しんだ1年でありました。反省の面が多くあり、児童や保護者の方々には大変申し訳なく思っています。でも、一つだけ言えることは、私はそれでも常に全力で児童と向き合ってきたことだけは胸をはって言えます。児童一人ひとりを大切にしていたことの証にこの「辞表を胸に」という格言の意気で毎日を過ごしてきました。”自分の持てる力を全て出すこと”これが私に出来る子どもたちへのささやかなメッセージでありました。
私はこれからも子どもたちとともに歩み続けて、私自身を高めてもらうつもりです。
最後に、私を支えてくださった多くの先生方、温かいお言葉と見守りを頂いた保護者の皆様、そして、この1年間毎日握手をして帰ってくれたクラスの子どもたちに感謝致します。
詳細に関する連絡先:
発信元:東京都町田市
電子メール: mailto:yukiaji@muc.biglobe.ne.jp
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