在外教育施設へのみちのり
200503末

Y 市教員のW氏が在外教育施設に派遣されることになった「うらやましい。俺も行けるかな?でも、上越に行ってるしなあ。行かせてもらえるかなあ?」

200503末 在外教育施設派遣の希望を伝える。
200504中頃 新年度、再度、社長に伝える。昨年の資料をもらう。
20050518 「在外教育施設派遣」要項が届く。申込書をの取り寄せを依頼する。
20050524 申込書が届く。5/31が締切。一週間で書き上げねば。
20050530 社長に、推薦書のお願いをする。
20050531 何とか、提出期限に間に合った。
20050601 健康診断を受けに行く。(23,000円くらいかかった。)
20050607 人事係よりFAXあり。研修センターでの面接の通知。第一回目の面接まで、あと一週間。
20050608 N氏より帰国報告会のお知らせをもらう。6/11Sat.いくつか質問ができる。チャンス。
20050611 K県国際理解教育協議会の報告会に参加する。T.Sに会う。T.Sの旦那が受けるらしい。
  報告会では、リヤドの前校長、ドイツの前校長、ニューヨーク、上海に派遣されていた方々が講師で来られていた。リヤドの前校長さんの話は、とにかくテロ攻撃に備えての安全対策、夜間の行動制限、遠足の際の護送車等、きな臭い内容ばかり。リヤドの現実は、そうなんだろうと思った。
  ドイツの前校長さんの話。教員の仕事に対する姿勢、保護者や日本人会や理事会との関わりについて等、興味深い話が聞けた。教師は、日本人会主催のソフトボール大会に参加して盛り上げなくてはいけないらしい。そんなことは訳ない。いつもやっていることだから。
  一つ質問をした。日本人学校での障害児教育について。特に軽度発達障害児は、学校・学級の中でどのように指導されているのか?それ以前に受け入れる体制はできているのか?
   
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