このサイトはジオシティーズのサイトです。2018年12月1日に新HPへ移行する予定です詳しくはこの字幕をクリック

棒の手の歴史


1553年(天文22年)   丹羽氏清が猿投神社に馬の塔を奉納する。 
1554年(天文23年) 本田遊無が見当流を編み出す。
1573年(天正元年)~1592年(天正19年) 起倒治郎左衛門が起倒流を創始する。
1574年(天正2年) 丹羽氏次が猿投祭りに棒の手を奉納する。(鎌田流の発祥)
1597年(慶長2年) 大覚院兼政が無二流と名付ける。
1684年(貞享元年) 伝昌院伝寿が東軍流を開く。
1714年(正徳4年) 八木弥市郎が直心我流を開く。
1766年(明和3年) 伊東九郎左衛門が藤牧検藤流を成立する。
1873年(明治6年) 献馬、馬の塔、棒の手禁止の県令がでる。(明治11年まで)

愛知の馬の塔と棒の手沿革誌より