2001/08/29 (wed)
結局みんなに見送られ、ものすごい孤独感と淋しさで成田を出発。
隣に座った人に「すごく疲れてるようだけど」と気を使われるほど涙で目が真っ赤。
もしこれが国内の単身赴任だとしたら、やっぱりこんなにもつらいもんなのかなぁ?
でも、先を見て感情はとりあえず捨てて前向きに・・と必死だった。
陽一はといえば、「僕お兄ちゃんだから泣いたらダメなんだもん。」と言いながら
皆んなと別れた後、飛行機までの通路でこらえきれず泣き出してしまいました。
それにつられて私も涙が止まらず、目が真っ赤っか。
陽一は飛行機の機内食のお子様ランチが気になってほとんど眠らず、
お陰でバンクーバーについた頃にはめちゃめちゃ顔色悪かった。
飛行機の出発が3時間遅れたことで、着いたのも14時頃。
税関通過するのにもえらい時間がかかって、それから船でビクトリアに行ったら
多分19時近くなるんじゃないかと心配だった。
ステイ先に電話しなきゃ、それには両替所で通貨を買わなきゃ、でも電話のかけ方が
さっぱり分からず数少ない小銭がどんどん無くなる。そしてその傍らで陽一がオエオエ
えづいている。近くのデルタホテルからビクトリア行きのバスが出ているはずなので
そこまで行って様子を見ようと思うとホテルのシャトルバスの中でもオエオエ言っている。
やっとのことでそのホテルに着くと、以前はここからバスが出ていたけど今はもうないとのこと。
ここまでくるともう断念・・・もう今日ビクトリアに行くのは止めてホテルに泊まることにした。
ホテルにチェックインしたとたん元気になっていく(たぶん少し寝たから)陽一とは反対に
私はすごい不安で心細かった。これが智洋と一緒だったら
「しょーがないね。こんなこともあるさね。」とか、グチりながらうっぷんも晴らせるし、陽一の付き
添いも電話のかけ方をトライするのも分担しながら気楽にできるんだろうな。
なんとかステイ先とは連絡が取れた後、この長〜い1日をもういいかげん終わらせたくて
早々と夕方6時ごろにはベッドに入って寝ることにした。(陽一は嫌がってたけどね)
なんとところが!! 9時ごろにふとなんかうるさいと思って目が覚めると廊下の非常ベルが
鳴ってるんじゃん!! それがまた半分壊れかけたような感じで音がジリリーンの最後のジン!
しか聞こえないのでもしかしたら結構前から鳴り続けているのでは。
すぐさまフロントに電話してみると「はい、急いで1階に降りてきてください」と言われ、
スーツケースだけは部屋に置いたまま、せっかく寝付いた陽一を可愛そうにも起こして急いで
下に降りた。もうだれも9階には残っていないのか、誰も居ない廊下を 「Anybody is there?」と
叫びながらエレベーターは止まっているので階段を探した。 外人が2人同じように階段を探して
いたので「I found stairs here!」と彼らを呼び 陽一の手を握り、必死で階段を9階から降りた。
目が回りそうだった。 こないだのUSJみたいにもしかしたら途中火の手がまわってて道ふさがれ
てたらどうしようとか考えてた。偉い怖かった。
やっと下に着くと消防車が来てて、たくさんの人が着の身着のままで逃げてきていた。
消防士たちはホテル内をチェックしていた。フロントの椅子に陽一を座らせているだけで 「ここは危険
なので外へ非難してください」とか「もし5分たっても原因が分からなければ他のホテルへ移動する
ことになります」とか言われてスーツケースはどうなるのか心配だった。
結局その後ほとんどすぐにベルも止まり、消防車も帰っていって皆んな部屋に戻れるようになった。
陽一はカナダの消防車や消防士が見れてすっかり目も覚め、結局眠りについたのは夜中の3時だった。
陽一はふっと淋しくなっては「お父さんに会いたい」とか「日本に帰りたい」とか言って泣いてたよ。
「じゃあ、なんでもっとお父さんに抱っこしてもらわなかったの?」と言うと「我慢してた」らしい。
正直言って、陽一に泣かれると本当につらいよ。私もくじけそうなのに・・。それにしても、あのベル騒ぎが
なければもう少し時差ぼけも早く良くなっただろうけどね・・。
次の日