2001/08/31 (fri)

今朝はゆっくりとシャワーを浴びたりして9時半頃上の階に上がる。陽一はと言えば、朝も早くから遊びに余念がなく、
外で子供たちと 自転車に乗ったり、スケボーしたり・・。近所のこと庭の木に登ったり。外は少し肌寒く、私はトレーナー
が必要だったのに、陽一はびっしょり 汗をかいて遊んでいた。楽しくて朝ごはんも要らないと言うほど!

午前中に奥さんと銀行の口座を開きに行く。案の定、住所の確認できるものが必要で、2度も銀行に行った。
承認もおり、持ってきた日本円90万円のうち40万円をカナダドルに替えて入金。1ドル=79.3円。日本で換金するより
断然いい。

2時ごろ家に帰って、朝ごはんから何も食べてなかったのでお腹がすいていた。何かないかなと台所を見ても何もない。
というより全てが汚くて食欲がなくなる。食器やスプーンの入れてある引き出しもほんとに汚くて、本当は3食付きの
ホームステイのはずだけど、陽一を連れてダウンタウンで何か食べようと思った。遊びたくて行くのを嫌がる陽一を
無理やり連れて 「電話機買ってくる」と奥さんに伝えて出かけた。笑顔で見送っていた。

花がいたるところにあってきれいなダウンタウンも用事で来てるとなると余裕はない。どこで栄養のあるものを安く食べ
られるか、電話機買う店はどこか。ダウンタウンまで往復歩きっぱなしは子供の足には遠すぎる。途中陽一をおんぶした
りしながら、やっとのことで電話機を買い、陽一が「すし屋だ!」と私と出かけて初めて元気そうに見えたので、そのすし屋
に入ってみることにした。意外とたくさんすし屋があってビックリ。これがめちゃマズイ。まず米がダメ!ポロポロ米のくせに
米を外まき(海苔が内側) にして巻いてあるので食べにくいし、味噌汁も塩辛い永谷園のインスタントのような味がした。
陽一と1セットを半分して食べたけど、味噌汁も入れて10ドルくらいしたかなぁ。

ご飯時で心配してるかもと思いながら、陽一をおんぶしたりしながらやっとのことで6時過ぎに家についてみると、家の中
がご主人以外誰〜もいない。そう、この時が私と陽一にとってほんとの地獄だったかも・・・。
ご主人がいきなり「やっぱり大変過ぎるし、部屋も狭い、お互いにミスマッチもあるし」 と出て行くように言って来た。
しかも今すぐ、という。お友達がみんな居なくなって 「みんなはどこに行ったの?お母さん聞いてよ」と、また一緒に遊びた
がる陽一の気持ちを考えるといてもたまらず、居させてくれと頼んだけどダメ。 頭にくるやら、陽一が可哀想やら、これか
らどうしたらいいのやら・・頭はパニック!! 結局急いで荷物をまとめて、30分後には追い出され、近くのホテルまで送っても
らった。

日も暮れる8時頃になぜ夕食にもありつけずにこんな暗いホテルにいるんだろう。陽一は途中の車の中から熟睡で全然
起きそうもないので近くに買出しにも行けない。最悪月曜日が祝日なのでプログラムのオフィスにも火曜日まで連絡でき
ない。後で念のためにメールを送ったけどたぶん火曜日にしかみてくれないだろう。
そもそも学校に連絡もなしに強引に追い出したあの家庭にも腹が立つけど、予め緊急連絡先を指定するような確認書も
送ってきていなかったプログラムにも腹が立つ。自分が何をすべきで、今何をしているのか分からず、荷物もぶち込んで
きたので何をどこに入れたのかすぐにだせない。パソコンはうまく立ち上がらない。地獄だった・・・。1泊$89とはいえ、
税金いれたら$100越える。食事代は別途。この生活がいつまで続くんだろうと思った。陽一が起きた頃、バンクーバーの
山村さんから電話があった。時々涙声になる私をみて陽一も泣き出す。最悪。でも山村さん曰く「子連れってこんなもん」
らしい。 どういうこと?学校行きだしても色々あるんだって。智洋にもメールを打って気持ちを吐き出したら、少し気分が
楽になった。 とりあえずお風呂に入ることにした。ふと思ったのは陽一が一度もあの家庭の シャワーを浴びずに済んで、
広いバスタブに入れて良かったということ。あの汚い家から出されて良かったかもしれないと少し思えた。

少し近辺を歩いてみた。でも食べ物がその周辺に売っているような場所はなく治安悪そう。変に動くよりすぐに寝ようと
決め、その日は結局寿司半人前しか食べず に寝た。朝までには智洋からも電話があるだろうと思いながら寝た。
眠れない。陽一も眠れない(さっき熟睡してたし)。お腹も空いてくる。 陽一は「お父さんに逢いたい。日本に帰りたい。
お母さんなんて嫌い」と泣く。それを聞いて私も泣く。やっと3時ごろに寝付いた。最悪の夜だった。


前の日  次の日