2002/06/18 (tue)

なに〜!韓国が勝ったって〜!朝早くから智洋の電話で起こされた。
日本が負けた後、Yokoと「どうせ韓国も負けるさ!」と高を括って寝てたのにぃ〜。
私もYokoもショックで目が覚め、急に悔しく感じてきていた。韓国も負けてれば、日本の負けも仕方ないなあと思えるのに。
床で寝ていたYokoにベッドを明渡し、私は陽一の学校の用意をさせて送り出した。
その後少し、30分くらいうとうとソファで寝ていたけど、次はYokoを送り出して10時。
Yokoはこの日、これから髪を付け毛つきの三つ編みヘアにするため昼の12時から夜の9時まで費やすらしい。
今しか出来ないヘアスタイルにチャレンジするにも、ドレッドヘアは髪が伸びるのに5年かかるから、
5年後にはもう出来ないからし、その代わりに三つ編みヘアをやるのだという。
でもこれが髪を満足に洗えないらしく、それがイヤだから3週間だけやってみると言っていた。

その後久しぶりにEmilyに会った。先週木曜からずっと韓国人仲間3人と車をレンタルしてて
結局どこにも行かずビクトリアに居て友達のところに泊まっていただけだったらしい。
6日間も車を借りてればロッキーにまでも行けただろうに、お金の無駄遣いばっかりしてあまりの馬鹿さ加減に言葉も出ない私だった。
この日に韓国人と日本人が顔をあわせて何も言わないのはワールドカップの話がでないのは非常におかしい。
きっと負けた日本に気を使っているのだろうと思い、自分から「韓国勝って良かったね〜。」と切り出すと、
急に両手を合わせて喜ぶくせに、その直後「日本は・・・」と私の顔を覗き込んで含み笑いしたりなんかして・・・。
むっか〜〜〜!むかつきながらも、"Yeah, We lost."と悲しそうに会話を続けていた私は、やっぱり日本人ってお人好しだと思った。
普通さあ、相手に気を使って残念だったね〜と "I'm sorry "から始めるやろ?Daveや他のカナダ人はそうだった。しかもそこで笑うか?
「1966年をもう一度」という垂幕のサポーターの応援は、1966年に北朝鮮に破られたイタリアの屈辱をほじくり返そうという
イタリアに向けての触発だったらしいし。審判の誤審に助けられたようなもんだったし、優勝でもなんでもないのにスタジアム際で
イタリア選手前に大花火が打ちあがるし・・。何と言っても、前回といい今回といい、トロント、バンクーバー、ビクトリアで
いちいち勝つたびに相手国の気持ちも考えないで祝福パレードやったりして(アメリカ戦でスピードスケートの真似をやった翌日は
ビクトリアのインナーハーバーでアメリカ人と騒ぎも起きたりして)、いつも昔のことをほじくり返すし、自分中心の韓国人が大ッ嫌い!
もうこれ以上、韓国には勝たないで欲しいと願う私だった。


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