2002/08/13 (tue)

昼過ぎてから陽一を連れて外出。
陽一の学校関係でInternational student program officeに日本に帰る日を伝えるとともに、
最初に支払っていたホームステイの保証金を返金してもらいに出かけた。
予め小学校最終日にもらっていた陽一の担任の先生のサインとJodiのサインによってそれが戻ってくることになっていた。
ところが、延々と炎天下の中歩いてオフィスにたどり着いたというのに、
会計担当が来週火曜まで休みをとっているので今日は渡せないと言われてしまった。そんな〜!1300ドルはでかいよ!
結局無駄足となってしまったその帰り、ダウンタウンの私の学校に寄ってMSP保険について質問したり、
そして友達とお茶して帰った。

今日は久々のスイミング!
なんと丁度シアトルやソルトスプリングやキャンプなどの旅行が火曜と木曜にぶつかり4回も休んでしまっていた。
先月末でレベル5をとりあえず終了し(というか、レベル5が満員で継続できなかったので無理に上げてもらった・・というべき?)、
今日からレベル6!さ〜てっと、レベル5で25メートル耐久が求められていて20メートルのところでどうしても休憩してしまう陽一に
はてさてレベル6の50メートル耐久のクラスで生き残れるのだろうか?
とりあえず、今日のレッスンが終わった頃担任のインストラクターにレベル6で大丈夫かと聞いたら、
大丈夫みたいだよと返事が返ってきた。他の子の様子も見てたらみんなあまり陽一と変わらないくらいだったし、大丈夫でしょう!
今、クロールと背泳の25メートルは当たり前として課されている。そしてレベル5から引き続き、飛び込みとか立ち泳ぎとか
あとはなんて言うんだろう、楽に体を上向きに浮かして手だけでかき回して泳ぐ方法(これは海などで遭難して泳ぐのに疲れても
生き残る方法として教えられている)なんかも毎回少しずつだけど習っている。
背泳ぎだと25メートル、クロールだと息継ぎしながら20メートル(ほんともうちょっとで25メートル!っていうところまで)泳げるようになった陽一。
考えてみると骨折がよくなった後から始めた水泳、たった半年くらいでよくここまでできるようになったなあ、
よく毎週2回もバスや自転車でここに通い続けたよなあと、成長とその過程をふりかえざるを得ない心境だった。
本人は久々のスイミングでやる気満々、しかも新しい女性インストラクターも気に入ったみたいで、
今月の残りもやる気満々で帰ったのだった。


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