手相について
私見的手相
手相は、本で言うと、目次と中身の関係に似てると思います。
目次を見ることで、大体、本に何が書かれているか分かりますが、手相もその
線を見ることで、その人自身を知ることができるものです。
つまり、目に見えない、中身を手に具現化してるということです。
本と違うのは、その中身を正確に表すことができることと、将来をも見とおせる
可能性があるということでしょうか。
手相の論理性はどうでしょうか。
残念ながら、客観的な論理性は追及できないでしょう。
つまり、なぜ、そうなのかは証明できないことと思います。
だからと言って、手相がインチキだとか眉唾物ということではありません。
手相には歴史があり、事実に基づいた客観性があるのです。
何千年もの間で培われてきた真実に基づいてその正確性が証明されているのです。
占いとは人の過去から将来にわたって判断されるものですが、大事なことは
その占いの結果をどう受け止めるかということです。
正確性もさることながら、悪い結果がでたとき、良い結果がでたとき、それを
自分の行動に照らして、どう考えるか、なにをするかでしょう。
その答えは、皆の自分自身の心の中にこそ存在するものと思います。
手相の歴史
手相は、紀元前2千年くらいのインドに始まり、インドから、ギリシャ、エジプトへ
伝えられ、日本に入ってきたのは平安時代の頃、中国から伝わってきたのです。
手相の線
手のひらには、親指と人差指の間付近から小指の下方の手首の近くの方へ向けて、
目立つ線が3本通っています。これを三大線といって、上から順に感情線、頭脳線
、生命線といいます。これらの線は文字通り、感情に関するもの、頭脳
に関するもの、生命・健康に関するもの、を表現します。
あと、結婚線、運命線もメジャーな線であり、このページではこの五線をとりあげています。
左右のどちらの手を見るか
左右のどちらの手を見るかは、一番重要なことと思われますが
残念ながら、定説となっているものはありません。
昔、日本では、男子は左手、女子は右手で占っていました。
私見ですが、昔の日本は男女が平等といった考えが無かったため、男女別々の
手としたものと思います。
ヨーロッパ式はすべて左を見ました。
今日では、男女とも右手とする観方と両方を観る、時と場合により観る手を変えるの3通り、
の方法があります。
これは、手と頭脳との関係は男女に違いがないため、男女で観る手を変えることは
意味のないことと考えられるため、旧式の観方は否定されたためでしょう。
男女とも右手とする観方は右手は左脳と繋がっており、左脳の方が発達いているため、
発達してる方で判断した方良く表現されているとの考え方によります。
両方見るのは、左手は先天的遺伝的傾向、右手は後天的変化を現すとの考え方によります。
両方見る観方に「浅野式」というのがあって、これは、左右の手を自然に組み、親指が下
になった手が後天的変化、上になった手が遺伝的傾向とするものです。
ここで、左右の手相に違いがなければ何ら問題はなく、その手に現れている相が強化すると
考えれば良いのですが、明らかに異なる場合は、その占っている事柄が現在以降のことか
もって生まれたことかにより、重きを置く手を決めると良いと思います。
また、占う事柄にもよりますが、相反する事象を手相が現してる場合は、そのどちらについても
正しい、つまり矛盾に悩む人といえることもあります。例えば、普段は行動を起こすことが
少ない消極的な人が一度行動するととても大胆になるなどです。
このように、色んな観方があり、占い師はそれぞれのポリシーを持ち、どちらの手を観る
のかを決めています。
我々素人が観る場合は、そのうちの一番良い方の手相で占うようにしたらよいのではないで
しょうか。