
* お茶を飲む前に、ちょこっとマメ知識を *

▼英国紅茶のミニヒストリー
英国人にとってかかせない飲み物としてあげられる紅茶。それはどのようなことがはじまりだったのでしょう。
今から400年前、そうちょうど1600年頃にオランダに東洋の薬として運び込まれたのがはじまりみたいですね。
あっ、今、東洋の薬?と不思議に思いませんでしたか?そう、当時上陸したお茶は東洋にある中国と日本から、烏龍茶、緑茶が伝えられたそうです。
ここで『そうです』なんて不確かなことを言うには訳があって、いくつかの定説があるんです。もちろん紅茶というよりもお茶の伝わり方にですけどね。
でも、1600年頃ぐらいにオランダに伝えられたのがヨーロッパでの喫茶のはじまりということになっています。

▼東洋の霊薬?
そうそう、英国にはオランダ経由でお茶が伝わったと考えられています。だから先ほどの年号に数年ばかり年月が過ぎた頃ですね。
初めは一部の人々に東洋の霊薬として珍重され、喜ばれたみたいです。中学の社会科の授業を受けたときに、こんな会社の名前を聞いたことはありませんか?
『東インド会社』とよばれる会社です。貿易をおこなって世界各国で取引をして、色々な特産品を輸入したり輸出する会社ですね。
やっぱりと思われますけど、お茶の広まりを紐解くとどうしても登場する名前です。

▼最初は緑茶、それから英国紅茶へ
東インド会社というのはヨーロッパ各地にあったみたいですね。言葉をかえれば多国籍企業とでもいうのでしょう。
当初はオランダの東インド会社が優勢だったみたいで、原産国中国から茶の輸入を行っていました。
それほど大規模な取引き……いえ、大した取引高ではなかったと、ある文献には書かれていますね。
えっと『東インド会社』の設立を少し説明しておきますと、女王エリザベス1世の勅令で“東洋貿易の独占権があたえられた”ことがきっかけになるでしょうか。
しかし、17世紀半ばころから次第に力をつけてきた英国は、中国茶の輸入を独占するようになってきました。当時買い付けられていたお茶は、
あまり上等ではない緑茶と烏龍茶系の武夷茶だったようです。ですが、発酵茶系のほうが香りも強く人々の嗜好にあったようで、
より発酵を進めて作ったのが最初の紅茶で、工夫紅茶と呼ばれました。作られていたのは中国ですけどね。
まことしやかな噂として、中国から緑茶を運ぶ船の中で発酵が進んで紅茶になったというエピソードがあるみたいですが、これは真実ではありません。
なぜなら緑茶の作り方に秘密があるのですが、摘んだばかりの生葉を蒸気で蒸すか釜炒りにして酸化酵素の働きを止めて作ります。
そう、だから緑茶は不発酵茶と分類されていて、それ以上の発酵が行われるはずもありませんからね。

▼英国は紅茶大国
1823年、英国東インド会社のブルース少佐が、中国茶より樹も葉も大きなアッサム種の茶樹を発見したのをきっかけに、
1939年からインドのアッサム地方で茶園経営を本格化しはじめました。そうなると必然的に行路が近くなるのですから
中国茶の輸入から手を引いて、精算から消費までを支配するようになったのです。
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