3月20日 カナダワーキングホリデーへ
帰国後ライターとして東京で生き抜く予定
そんなSakiの決意表明



思えば2004年は我慢の年だった。
なぜなら、翌年にカナダへワーキングホリデーする予定だったからだ。
そんなわけで、友人との飲み会の約束を何度断ったか。卒業旅行にも行かず、大好きなスノーボードにも行かず、
ひたすらカラオケ店員として深夜のアルバイトに精を出した。
少しでもお金のかかる友人とのコミュニケーションを我慢することで、どうにかお金も節約でき、それなりに資金
も貯まった。

でも、我慢だけしていたわけではないと、後になって気付いた。
無料で出来る範囲で、自分への投資(独学での勉強)を続けることが出来た。これも、強制的に自分を狭い世界に
追い込んだおかげで作ることが可能となった「自分ひとりの時間」のたまものといえる。
具体的に何をやったかというと・・・・

・フリーライターになるためのノウハウ
・独学での写真の勉強と、フォトグラファーになるための一般的な流れ
・ホームページ、メルマガ、ブログを使った独立起業の手段とノウハウ
・HTML言語の知識やインターネット、パソコンの知識
・本の制作ユニットを作り、実際の本を作る
・読書、映画鑑賞などを通した感性や知識を鍛える作業

大体こんな感じだ。
そう、Sakiはカナダのワーキングホリデーから戻ったら東京に行き、ライターとして働く予定でいる。
現在のところコネも何もないし、東京で生活を始められるだけの先立つものも無い。
ただ、夢を持って海外に飛び込む人々のレポートを書けるようなライターになりたいと思っている。だから、実際
に海外で頑張っている人たち触れるという意味で、このワーキングホリデーは行動次第で大変有意義なものになる
と確信している。
さらにゆくゆくは写真の勉強も本格的に行い、世界各地を回って民族衣装ライターとしての仕事をすることが今の
僕の夢だ。
自分の興味を追求していくと、「夢・目標」というカテゴリと「ファッション・子供にみる美しさ・世界の歴史と
文化」というカテゴリが自分の中で大きく育っている。

こんな風に思うようになったキッカケは、やはり大学4年時の就職活動だ。
周りの人たちの言いなりになって安定を求めた結果はあまりに無残で、結局新卒で就職するに至らなかった。
その原因はいままでの甘えた生き方のほかに、もっと自分に素直になりたいという葛藤があったからだ。
これが、初めての自分との戦いだった。まったくの未経験の体験だった。
だが、初めて生きているという実感を手にした瞬間でもあった。
正確には覚えていないが、2003年7月の下旬頃に決意したことだったと思う。

その頃、自分にあったキーワードは「世界」であり「放浪」であり「自由」であった。
それがいつか「夢」や「目標」という言葉に変わり、そのうちに「フリー」や「独立」「起業」という言葉に変化
し、想像上で精一杯だった夢を現実世界で表現してやろうという「勇気」になっていった。

おもしろいもので、今の僕と一緒に飲みに行った人たちは必ず会社を辞めようとしたり、現状を変えようとしたり、
奥底にしまっておいた夢を取り出そうとしたりする。
まるで、青春時代に夢を並べて楽しく会話していたあの頃のようだ。

ただあの頃と違うのは、僕たちはもう立派な大人になり、夢へ挑戦するための片道の切符がその手の中に収められ
ているということだ。
語るだけの夢は、いつしか叶えるための夢となっていた。

そこには、ただ生きるだけでも辛くて大変な「現状」という大きな壁がある。
そうでなければ全員が全員、自分の夢を叶えて幸せに生活しているはずだ。
それだけ「自分自身」に挑むという行為はリスキーでデンジャラスでギャンブル的なものなのかもしれない。

でも。
そうして初めて、自分が生きているという実感が、わああぁぁぁぁって湧き起こってくる。
やっぱね、楽しいんだ、これが。こうして生きていくことが。
覚悟決めて行くっきゃない。駄目だったら駄目で、それでいいべ!


こんな気持ちで今、この決意表明を書いています。
日本に戻ったらライターやります。
そんで、30歳になる頃には印税含めて年収1000万の男になってやろうと思います。
つまり、成功してやるってことです。年収はあくまで、挑戦した果てのひとつの結果です。
お金目的ってわけじゃないよ?
ただ、自分のやりたいことやれれば月に10万円の給料でもいいやという、安っぽい覚悟じゃないってことです。
ライターとして仕事して、自分で本を出版してフォトグラファーとしての仕事もするっていうのは、僕の夢であり
野望でもあるのです。
決してキレイではないのです。

これからの海外生活で手に入れたいのは「目の前の壁が強大で怖い、でもワクワクする」。
そんな悟空みたいなテンションかな(笑)
じゃ、行ってきます。


                                                                          2005年3月15日 Saki

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