猫男の肖像
第一章 私は猫男(誕生)
自分は何者か?人はその答えを求める。其は、人並みの知性や感受性があれば、誰もが避けて通れぬ筈の問いだ。そんな風に言われれば、わたしにはそれを否定する情熱はない。但し、自分が何者であろうが、そんなことは気にもしないで、充分に幸せな者もいる。実は、わたしもそんな一人だ。その所為か、わたしにはいわゆる「人間性」が欠けていると言われることがある。こうしたものの言い方をされるときの「人間性」は、一般に善良で高潔な人間の属性を示しているものだ。そしてこの言葉が示しうる他の意味、例えば人間のありとあらゆる不愉快な属性については、大概は別の、例えば「非人間性」の様な言葉が用いられる。と言うことは、わたしに不足している「いわゆる人間性」とは、人間の高潔で善良な属性となりそうだが、この手の三段論法は好きになれない。「いわゆる人間性」が善良で高潔な人間の属性のことだとしても、その逆も真であるわけではない。善良で高潔な人間の属性が全て「いわゆる人間性」に言い換え可能とは限らない筈だ。つまり、わたしに足りないとすれば、それは善良で高潔な人間の属性のうちで「いわゆる人間性」という言葉に言い換え可
能なもの、ということだと思っている。
世間にはわたしに『あいのこ』の苦悩を期待する人がいる。二つの人種や祖国のあいだで悩む、混血と呼ばれる人々と同じ様な苦悩を抱えて生きてきたと思われているらしいが、あいにくわたしは父親と母親の遺伝子が混ぜ合わされた所産という、万人に共通の意味の『あいのこ』に過ぎない。誤解の無いように付け加えると、わたしは『男』と『女』の『あいのこ』ではなく、『父』と『母』の『あいのこ』で、性別は御存知の通り『男』である。そもそも、『父』と『母』や『男』と『女』の違いは勿論、わたしは二つの異質な何かのあいだで悩んだことがない。わたしはこの世に生を受けた瞬間からわたしだった。以来、三十年の間、わたしはわたしだった。その事についてただの一度も悩まなかった。いわゆるアイデンティティーの問題だけではなく、わたしは多分、生まれてこのかた悩みと言うものをを持ったことがない。そして、それがわたしなのだ。
勿論わたしにも嫉妬や、不安や、未解決の問題はある。しかし、それらはいずれも瞬間的な感慨に過ぎず、持続的に悩まされることはない。わたしのものの考え方の原則は、『何時、何処で、誰が、何をするか。』だ。『何故』は無い。例えば、三十年前、大東京圏の東の外れの総合病院の分娩室で、わたしが、母親の産道をくぐり抜けた。『何故』わたしが生まれたかを考える必要はない。わたしが生まれたことに意味など無かった。それがわたしなのだ。
わたしがうまれるその少し前、優しいチェロの音が流れる分娩室の台のうえで、わたしの母親の脳細胞は、既に腐り始めていた。生命維持装置に繋がれた母の体の、その子宮の中で、わたしは羊水に交じる死の臭いを嗅ぎ取り、わたしがわたしであることを知った。医師たちが母親の腹部を切り開いてわたしをジュリアス・シーザーよろしく引きずり出す前に、わたしは母親の産道を重力と光の世界に向けて進みはじめた。まるで怪奇映画の悪魔の落とし種のように、自信と力に満ちてとと言いたいところだが、実のところは沈み掛けた船から逃げ出す鼠と同じくらい闇雲で、苦し紛れだった。母体のぬらぬらした一器官に過ぎなかったありふれた胎児が、その脳の死にと入れ代わりに人格を持つ羽目になったのだ。わたしに分かっていたのは、わたしがわたしであることと、子宮の外側で規則正しく蠢いてわたしを心地よい眠りに引きずり込もうとするものが、わたしの心臓ではないということだけだった。
で、わたしは逃げた。唯一の逃げ道である産道に死にものぐるいで頭をねじ込んだ。子宮の外で、死の拍動を続ける生きた心臓から、一ミリメートルでも遠ざかろうとした。子宮はもはやサンクチュアリではなく、わたしを閉じ込める粘膜の袋にすぎなかった。わたしに感傷はなかっと思う。あったにしてもそれは次の瞬間に忘れ去られる夢の一種にすぎなかった。やっとの思いで脱出に成功したわたしは、脳死した母の体を照らし出す同じ光の中で、自らの幸福を確信していた。そう、それがわたしなのだ。
光に包まれたわたしが、初めて酸素の交じった空気で小さな肺を膨らませて、その冷たい辛さを味わっているとき、同じ空気を伝わってわたしの耳に届いた言葉は「これは猫だ」という男の声だった。わたしはその声の主の、薄いラテックスの手袋の両の掌のうえで、この惑星の重力を知った。彼が背中を叩くと、わたしの咽頭か肺の中の空気て鳴った。後から思うと、それは確かに子猫の鳴き声だった。その鳴き声が分娩室のタイルの壁に囲まれた空気を振るわせて、わたしは羊水に濡れたわたしの皮膚の外側が、わたしではない空気の広がりであることを知った。そう、それがわたしなのだ。
看護婦は思う。まあ可愛い子猫ちゃん。医者は思う。どさくさ紛れに母親の生命維持装置を外してしまうとしよう。そして猫男は思う。「死」は嫌いだ。
大昔にローレンツとかいう人が動物行動学と称する物語を書いた。驚いたことに、いまだにそれを本当のことと信じ込んでいる人々がいる。言うまでもなく、物語りの原理は擬人法だ。何でもかでも擬人化してからでないと話にならない。ローレンツも擬人法の素晴らしい使い手だった。何が擬人化されているのか分からぬほどに、巧妙な物語を書いた。しかし、物語とは所詮人の心、空想や願望の産物にすぎない。それは信じるのではなく愛すべきものだ。ローレンツを信じることは、サンタクロースを信じるのと同じことだ。尤も、フロイトのように、人間の心理までも擬人化してしまって、物語としては少しばかり文脈の散漫な『ユダヤ・ジョーク集』を編んだ人もいた。
とにかく、わたしはうまれて始めて接触した人を自分の親だなんて思い込んだりはしなかった。ローレンツの物語った刷り込みなんて無かった。始めてその臭いを嗅いだ人を、始めてその声を聴いた人を、始めてこの目で見た人を、そして勿論、ベビーベッドの上でぐるぐる回りながらがらがらと鳴っていた、プラスティックのおもちゃも、自分の親ではないかなどとだだの一瞬も思ったことはない。つまり、わたしの遺伝子の塩基の配列には、親と子や生と死についての、本能とか言う物語的なプログラムはなかったのだ。確かにわたしは自分の生物学上の母から逃亡した。だがそれはその『死』からの本能的な逃亡ではなかった。結果としてわたしは『生』を得たかもしれないが、『生』と『死』の二分法、つまり、『生』でないものを『死』とする、或いは『死』でないものを『生』とする様な、そんなダイカトミーが本能としてわたしの遺伝子に入力されていた筈はない。そんな途方もなく素朴な幻想をわたしは受け入れられない。そもそも二分法という最も物語的なレトリックに、わたしは馴染むことが出来ない。
確かに、『死』は存在する。ブラック・ホールの周囲にはイベント・ホリゾンという光すらも逃げられぬ境界があるように、『死』にも後戻りできない境界が『生』との間に有るのだ。と、そんな言い方をされるとつい信じたくなるのが、私の弱点だ。しかし、これは現代の物理学の整合性とか権威とかが『生』と『死』の物語に憑依したにすぎない。それは見方を変えれば物語による物理学の汚染だ。その手口は、勿論、二分法とその二分法に隠し絵として仕込まれた擬人法だ。
『生』と『死』の境界線ほど胡散臭い物はない。例えば、全ての『生』は『死』を免れない。だから、『生』は常に『死』の領域に有ると言うことが出来る。逆に、DNA遺伝子情報の伝播を『生』の原理とするなら、個人的な『死』は個人的な『生』と共に遺伝子レベルでの『生』の領域に含まれると言うことも出来る。こんな小理屈を言えばきりがない。詰まり、『生』と『死』の境界について考えるのは時間の無駄なのだ。『生』と『死』のごちゃ混ぜは二分法には馴染まない。そして勿論、本能も人間の空想と願望からうまれた物語にすぎない。確かにわたしは『死』を恐れたことがあるが、それは本能ではない。では何故恐れたのかと言えば、それには答えるつもりはない。前にも述べたように「何故」は無いのだ。ただ個別の現象として『死』があり、わたしの中の『生』と『死』の定量的な関係に外部の影響が及んだとき「たまたま」わたしはその『死』を恐れた。逆に「たまたま」恐れぬこともありえたのだ。それは純粋に確率の問題、即ち不確定だったのだ。勿論「死」を恐れる確率が高い事は確かだが、それを遺伝子に書き込まれた本能と認めるわけにはいかない。降水確率も本能の成せ
る技ならば話は別だが。確率と本能に合い通ずるものは全く無い。だからこそ、何時、何処で、誰が、何を、が大切なのだ。ある日、ある所で、ある人が、死ぬ。何故は無い。わたしは或る『死』を恐れ、或る『死』を慈しみ、そして或る『死』を忘れる。そう、それが私なのだ。
例えば、猫男の母が死んだとき、猫男が生まれたその場所で、猫男の母は、まだ生きていた。何時、何処で、誰が、何を。何故は無い。そして猫男は繰り返す。わたしは猫男。わたしは猫男。わたしは猫男。
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