1 5 の 夏

物語の舞台

著者近影著者経歴受賞理由著者ご挨拶

                           

高 橋   義 和

                                     

 この間私の手もとにとどいたSさんの文面の、『最近の特に女子の中学生や高校生に多い、思いやりややさしさの欠如について』を読んでいました。そんなとき、またいろいろな思いが心に浮かんできました。
 冬の、この何かさびしい時期になると、無性に心が痛むときがあり、ふと過去の日の出来事を思い出すことがあります。
 私にとっていちばんの思い出は高校1年生の時、15才のころですから、もう10年以上も経ってしまいました。初夏の日の松戸中央公園あたり…。そう、去年の6月の創刊号に書きましたので覚えている人もいるかもしれませんが、いまでも忘れられない、やさしくそして心がいたむ過去の思い出です。
 Sさんの文章には、最近の女の子には、ほんとうの意味で男よりすぐれていて本来持っているはずのやさしさが欠けて来てしまっているのではないか?ということでしたが、私もときどきそう感じることがあります。なんとなく全体的に女の子のやさしさを感じなくなってきたというのは、よく私も思うことです。別に女だから、男の仕事に入ってくるなとか男にはやさしくしなければ…などといっているのではありませんので、誤解しないでください。
 そうではなくて、女の子が本来持っていて、男は逆立ちしてもかなわない相手のことを考えてくれる心を、最近の女の子からは全くといっていいほど感じなくなってしまいました。金銭や物品を越えた、心というもので、お互いを理解しあい、そしてお互い愛し会うといったことがだんだんなくなりつつあり、何か買ってくれとかいくらくれとかおごってとか、そういったものが主になってきてしまったのは、実に残念なことです。そう…この風潮は、特にほんの4〜5年の間にいままでになく強くなってきてしまった…そう感じるのは私が20も半ばを越え、10年前より世間のきたない部分を経験し過ぎたからでしょうか。 でも、私にはどうも最近、この傾向がどんどん進行しているように思えてならないのですが…
 それはともかく、Sさんの文章に『70年以後に本当にやさしい女の子は消滅してしまった。もし、そういう子がいたら、ぜひお話しをうかがいたい…』という部分がありましたので、紙面上で、お話ししたいと思います。
 10年いや、もう少し前の松戸駅あたりは、今とそれほど変わっていません。多少ビルの数は少ないかもしれませんが、ほとんど今のままです…
 高校の1年生だった私。そう…15才のころ。男には絶対まねのできない、自然に身につけている女の子のやさしさを感じました。先ほど書きました女の子です。いままで何人もの女の子と知りあいやともだちにはなりましたが、この15才の時の子(彼女も私も15才でした)は、いつも忘れたことがありません。もちろん、創刊号で書いたいきさつで、物理的にお別れしたあと一度も会ったことはありません。だからこそ、よけいに…かもしれませんが…
 この女の子は、ほんとうに『やさしい』子でした。やさしいだけでなく、いわゆる『外見』も最高でした。きれいでかわいい顔立ちから背が高くすらりとした抜群のプロポーション、そして髪形まで、ほんとうに理想的な…
 彼女も私も松戸の街が大好きでした。その松戸の街がはるかかなたまで見わたせる場所、松戸ビルの20Fのスカイラウンジでよく、待ち合わせをしました。お互い、部の活動をしていましたので、ふつうの日は会うひまがなく、前に書きました(創刊号)ように、月曜日と火曜日の朝6:07の快速電車の中で会うだけでした。そして…たいてい日曜日の午前11時ごろに松戸中央公園か松戸ビルの20Fにあるスカイラウンジで待ち合わせをして、会っていたと記憶しています。高校生がそんなところで待ち合わせなんて…などと思う人がいるかもしれませんが、2人が大好きな松戸の街をみわたせるスカイラウンジは、最高の場所だったのです。そこで話をするのが…。
 もちろん、高校生ですからアルバイトなどをして、限られたおこづかいなどの中から、いつもコーヒーをたのんで2〜3時間お話しをしていたことを覚えています。コーヒーが、いちばん安く(200円だったと思います)、ジュースなどは 800円ぐらいしていたので、手が出なかったのです。
 何回かここで待ち合わせをするうち、コーヒーを飲み終えると彼女がかならずあることをするのに気付きました。
 コーヒーがなくなり、スカイラウンジを出ようとするころ、彼女はかならず自分のハンカチを出して、コーヒーカップの回りを拭いていくのです。それも、意識してではなく、いかにも自然に…。
 このころは、特に気にとめていませんでしたが、しばらくして自分で食器を洗うようになって、この訳がわかりました。コーヒーカップなどを洗う時、ふちの汚れは落ちにくく、そしていちばん気になるのです。彼女は、洗う人のそんな気持ちを考えて、そっとハンカチでぬぐっていったのだと思いました。15才の女の子にはできても、15才の男の子(私もそうでした)には、考えもつかないことです。
 彼女の誕生日は、7月14日でした。いまでもしっかり覚えています。6月も終わり近くになったある日、彼女に何かプレゼント(誕生日の)を送りたいと思い、親戚のおばさん(といっても20才ぐらいだった)に相談しに行きました。この人は、洋品店、いまでいう“ブティック”のような店につとめていて、きっといろいろ知っているだろうと思っていったのです。
 店の中にはいると、入り口近くにとってもきれいな緑色と水色の縞模様のスカートが飾ってありました。ずっとそれを見ていたらこのおばさんが、“いいセンスしているね。それを送ったら…”と言ってくれて、店のお手伝いをするということで、そのスカートをそっと包んでくれました。
 7月14日、松戸中央公園でプレゼントを彼女に渡しました。そのときは、ほんとうによろこんでくれました。10年以上経ついまでも、あの時ほど喜ばれたことはありません。夏休みになった最初の日曜日、彼女はそのスカートを大事にはいてきてくれました。その日の彼女の姿は、最高でした。松戸中央公園に待ち合わせの30分ほど前に着くと、すらりとのびた日焼けした脚にそのスカートを身につけ、ひざ下までうすい黄色のくつ下をはき、うすいエメラルドグリーンの半袖のシャツを着た彼女が、もうすでに立って待っていてくれました。彼女の全身がほんとうに輝いて見えました。
 待ち合わせの時、彼女はかならず私より先に来ていました。私も生まれてから今まで、ほんとうに1回も待ち合わせの時間より遅く行ったことはありませんが、彼女は絶対私よりも前に来ていました。11時待ち合わせの時、私は10時50分には行きます。私が10時50分に来るということがわかると、彼女はそれより早く来るのでしょう。このころの待ち合わせでは、10時40分ごろ行くようになっていましたが、それでも彼女は来ています。それでこの日は、10時30分に行ったのですが、彼女はもう来ていました。聞いてみると、11時の待ち合わせだから、どんなに早くても10時前に来ることはない(私が)だろうと思って、9時55分ぐらいに来ました…と言っていました。
 私も、Sさんのいうように時間にルーズな女の人が多くなったと感じます。私の場合、特に時間にルーズな人はぜったい生理的に許せないのですが、このころの体験が大きいのだと思います。
 話をもとにもどしますが、この日彼女は、お昼ごはんを作ってきてくれました。プレゼントのお返しを考えたのだけれど、買うお金がなくて、その代わり、心をこめて作ったといっていました。その日は、2人とも午後から学校へ行かなければならなかったので、12時前にすぐ帰りましたが、学校へ行って、彼女の作ってくれたお昼ごはんをあけて見ると、ごはんだけではなくて、手作りのナプキンと手紙がはいっていました。そして、私がプレゼントしたスカートをはいて早朝の松戸中央公園でほほえんでいる彼女の写真が添えられていました。この手紙の内容は、…これだけは秘密です。男の私には書けるはずがない、やさしさにあふれた内容でした。今でもずっと大切に保存しています。
 どんな高いプレゼントよりも、一個のおべんとうや一枚の手紙のほうがどんなにうれしいかわかりません。今の女の子がよく話題にする最高級のアクセサリーや車など、心のこもったそれらにくらべれば、ゴミみたいなものだと思います。
 彼女のやさしさについて、最後にもう一つあります。話は前後しますが、6月末のある日曜日のことでした。
 松戸中央公園の花壇の近くにすわって彼女とお話しをしている時でした。彼女が急に私におおいかぶさってきました。花壇の方を見ていた私はいったいどうしたのかとっさにはわかりませんでしたが、直後かなり高いびしっという音がしました。
 彼女の方を見てみると、彼女が右腕をおさえて痛そうにしています。さして、遠くの方から何人かの人が走って近付いてきました。
 松戸中央公園の中では、野球などは危険なので禁止されていましたが、にもかかわらずよくやっている人がいました。この人たちも、花壇の先の芝生の方で野球をしていたのですが、その一人の打ったボールがいきおいよく私たち2人のほうに飛んできました。ほんとうにとっさのことで、よける間もありませんでした…といっても、ほんとうは私に当たるはずでした。彼女がおおいかぶさってこなければ、私の正面だったからです。あぶないと言ってもまにあわないと判断した彼女は、私におおいかぶさることで私にボールがあたるのを防いでくれたのです、自分が身代わりになることで…。
 私をつきとばせば2人ともボールに当たらなかったでしょうが、やさしい彼女はつきとばすなんてことはできなかったのです。
 ボールのいきおいは相当強く、彼女の右腕には、一ケ月以上、大きなあざが残っていました。生まれていままで、この人のためならほんとうに笑って死ねると感じたのは、こんな彼女に対してだけです。そして、自分もやさしい人になろうと心底考えたのも彼女と会ってからです…                          
 彼女はほんとうによくもてました。彼女を見た男の子がすべて彼女を好きになってしまうぐらい素敵な女の子でした。私なんかより何倍も何十倍もかっこいい男の子たちから、いつもさそわれていました。でも、彼女は最後まで私のことだけを思ってくれました…
 そう、最後まで…
 彼女はいつも、私が16才になる誕生日には自分でつくっている、今は内緒のすばらしいプレゼントをあげると言ってくれていました。そして、2月14日のバレンタインデーには世界一のチョコレートをあげるとも言っていました。…しかし、私が16才の誕生日を迎える前に、彼女はひとりで遠くへ行ってしまいました。そう、2度と会うことができない遠いところへ…。もう、おわかりだと思います。創刊号では、はっきりとは書きませんでしたが、彼女は16才になったばかりの9月末に亡くなりました。私に誕生日のプレゼントをくれることも、2人だけのバレンタインデーを迎えることも、ついにできませんでした。 大好きだった松戸の街をふたりでスカイラウンジから見ることも、背の高いすらりとした脚をミニスカートに包んで、かわいい笑顔で私を待ってくれる彼女の姿も、2度と見ることはできなくなってしまいました。そして、私ひとりで大好きな松戸の街を見ながら…10年以上の月日が経ってしまいました。 すべては80年代を迎えようとしていた70年代の終わり今はもう遠い過去の話になってしまいました。私が15才の時、初夏から初秋にかけての、やさしくそして悲しい思い出です。

 正月早々たわいもない思い出話をしてしまい、読者のみなさまには申し訳ありません。Sさんの文章を読んで、女の人のやさしさについて考えているうち、どうしても彼女のことを書きたくなってしまいました。ごく最近まで、ほんとうにやさしい女の人は、どこにでもいたような気がします。でも、ここ4〜5年は、そういう人を急速にみかけなくなった気がするというのも事実です。いったい、何が原因なのでしょうか。物や利便性の追及のあまり、の結果なのでしょうか?それとも街などの環境のせいなのでしょうか?人工的な公園や街並もひと役かっているのでしょうか?
 街や住宅はどんどんきれいになっていくかわりに、人の心からやさしさやおもいやりが欠如していき、心がどんどんきたなくなっているようにも感じます。
 いよいよ21世紀のことを本格的に考えていかなければならない今日、21世紀も人間が地球上でおだやかに暮らしていけるかどうかのかぎは、どうもこのやさしさを取り戻せるかどうかあたりにあると思えてなりません。


今回の掲載はインターネット縮小版です。完全版はいずれ公開されます。

 

ホームへ

1998(c)ARIS Shin-Matsudo