メモリアル・パークの
チャーリー・ブラウン

チャーリー・ブラウン

チャーリー・ブラウン
チャーリー・ブラウン

 読者はみな、ツキのないチャーリー・ブラウンをまるで自分みたいだ!と思うこともあるだろう。

 彼がパレードや野球の試合に出ると、必ず雨が降る。些細なことをいつも心配する彼にとって、人生そのものが、雨模様といった具合。(些細なことだと誰が決めるのかはこの際おいておこう)

 人生の意味をいつも真剣に考えているのに、友達には"石頭"と呼ばれてしまう。
格好なジョークの的にされては、すぐに落ち込んでしまう彼だが、自分からはめったに人を傷つけるような発言はしない。

 トレードマークのジグザグ模様のセーターを着て、ポケットに両手を突っ込み、ルーシーの精神分析スタンドにうなだれて歩ていく、チャーリー・ブラウンの姿は遠くからでもよく目立つ。彼は思いやりがあり、気さくで、礼儀正しい。

 読者は、彼が野球の試合に勝てないことも、赤毛の女の子に想いが通じないことも十分わかっている。ルーシーが持っているフットボールも蹴れないし、凧揚げが下手なのもお見通しだ。

 けれど、みんながチャーリー・ブラウンを愛している。友達は彼を優柔不断と呼ぶが、彼は常に逆境に打ち勝つ勇気を持っているのだ。


 スパーキーという名前の少年がいた。学校では何をやらせてもダメだった。八年生(中学二年)のとき全科目を落とした。高校で、物理の試験に0点を取ってからは、学校創立以来の出来の悪い生徒として有名になってしまった。

 スパーキーはラテン語も数学も国語もダメだった。スポーツも得意ではなかった。ゴルフのチームに入っていたが、年に一度の大事な試合では、第一回戦から早々と姿を消してしまい、敗者復活戦でも勝ったためしがなかった。

 若いのころのスパーキーは、仲間づきあいも苦手だった。別に他の生徒達から嫌われていたというわけではない。「無視」されていたのだ。クラスメートが放課後外で声をかけたりすると、スパーキーは予想しない事態にビックリしてしまうほどだった。だからデートの思い出などでっきこないのだ。高校生のときスパーキーは一度も女の子に声をかけたことがなかった。断られるかと思うと恐くてしかたがなかったのだ。

 スパーキーは、自分で自分のことを「負け犬」だと思った。クラスメートもみんなそう思っていた。これが、彼の生き方だった。しかし、生きる知恵からスパーキーはまだ子供のころから、「いつか自分も日の目を見るときがくるだろう」と固く信じてもいた。さもなければ、どうしようもなく平凡に見える自分に満足するしかないのだ。が、それはとても苦痛なことである。

 けれどもスパーキーにも大切なものが一つだけあった。「絵を描くこと」である。誰一人認めてくれる人はいなかったが、絵にだけは自信があった。

 高校最後の年、スパーキーは卒業アルバムの編集委員にマンガを何本か描いて提出した。しかしどれも突っ返された。こういう実に痛ましい仕打ちを受けても、自分の力に自信があったから、スパーキーはプロの絵描きになろうと決心したのである。

 高校卒業と同時にスパーキーはウォルト・ディズニー・スタジオへ手紙を書いた。先方は、何本か描いてみせよ、とテーマを与えてきた。スパーキーは課題にとりかかった。かなりの時間をかけた。いよいよディズニー・スタジオから返事がやってきた。しかし、またもや駄目だった。「負け犬」にとっては毎度のことではあった。

 それでスパーキーは漫画で自分の伝記を描いた。自分の子供のころの姿を、いつも負けてばかりでろくな成績をとったことない少年を描いた。その漫画の主人公はたちまち世界中で有名になった。

 スパーキー、すなわち八年生のとき全科目を落とし、何をやってもダメだったその人とは、チャールズ・シュルツのことである。コマ割り漫画「ピーナッツ」で、凧をあげるのもフットボールを蹴るのも満足にできない主人公チャーリー・ブラウンと愛らしいビーグル犬、スヌーピーを生み出したのもシュルツだ。

 スヌーピーとチャーリー・ブラウンによって元気づけられたり、またそこに自分の姿を見つけて楽しんだりしてきた人は、たくさんいることだろう。どこの家の近所にもルーシーのような女の子がいて、ボールをひったくて逃げたりしただろう。彼女は本当はいい子なのだ。ただチャーリー・ブラウンを見ると、イライラさせたくなってしまうのである。 

チャールズ・シュルツ

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