2001.1.11

変わった日本代表

ども。久しぶりに更新しちゃいました。

さて、今回は日本代表がどうして変わったかについて書いてみたいと思います。

今週の週刊サッカーマガジンで、サッカー解説者の方々が2000年の最優秀選手の

選出をしていました。

結果は、セレッソ大阪の森島でした。(因みに次点は柏の明神)

異存ありません。森島はやはりすごかった。

日本代表に復帰して最初は、ヒデのいない2トップ下に途中交代で入ってくることが

多かったが、変わったのは、そう、あのハッサン二世国王杯でリーグのチームメイト

西澤とセットで2トップの一角に先発で使われた、あの日だ。

世界王者フランスを向こうに回していきなり先制点。アシストは西澤のアクロバティック

なヘディング。

はっきり言って、泣いたね。もう、フランスのゴールを先に揺らしただけで負けてもいい、

そう思ったよ。ところがだ。後半開始早々ジダンに個人技で同点弾を叩き込まれたあと、

投入された三浦淳宏(僕の愛する選手)があのフランスワールドカップ準決勝で2点を取

った世界の右センターバック、リリアン・テュラムをフェイントでかわしてセンタリング

を放りこんでから、日本が変わった。またも左サイドでゲームを作り、三浦の折り返しを

西澤の芸術的ダイレクトボレーで締めくくるというすばらしい展開に。

結局アネルカのスピードあふれる縦への突破から最後はジョルカーエフに叩き込まれて同

点。でも、でもすごかった。どうしてあの試合をビデオに録らなかったのか。

三位決定戦でフランスワールドカップで2−1で負けたジャマイカを寄せ付けず、4−0

の快勝。すごーい。城の鬱憤を晴らすような2得点に加え、カズの久々のゴール!!!!

さて、日本に帰ってきてすぐにキリンカップが開催された。

緒戦はヨーロッパの壁、スロバキア。3ヶ月後にオリンピックであたる相手だ。

って、ちょっと古いところから振り返りすぎて長くなっちゃったので、今回はこの辺で。

次回は飛んで、オリンピックから振り返りましょう。

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