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先日、私の制作する番組にインターネットで会話する「チャット」を通じて知り合った方にご出演頂いた。
内容はインターネットに高速接続するDSLについて取材したニュースだ。このDSLはISDNの10倍以上で接続が可能で料金もほとんど変わらない。出演して頂いた部分は、ISDNの利用者として12月26日からDSLサービスを開始するNTTにひと言辛口のコメントを言ってもらうというもの。 実際の取材の際には「接続速度が遅いISDNと高速のDSLがほとんど同じ利用料金となっているのはおかしい」というコメントを頂いた。簡潔な言葉で問題の本質をまとめていただいたが、通信業界に市場原理が通用していない現状がその言葉から感じられ、このコメントを生かすために、当初予定していた構成を変えて番組を組み立て直した。 今回ご出演いただいた方は、もう3年近くのつきあいとなり、インターネット上では頻繁に会話を交わしている。実際に会って食事や酒を呑んだこともある。そういった日常的な人物がテレビの放送に写っているのを見て、私も一視聴者に戻り、無邪気に喜んでしまった。やはり知っている人が出ていると面白いものである。 放送後、もう一度ビデオで見直してみた。モニターに映し出される映像を見て、縁という言葉をしみじみと考えてしまった。インターネットがさらに普及すると、こういうことが当たり前になってくるのだろう。どこまで縁が広がってゆくのだろうかと、漠然と思った。 |
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2000年12月28日 21時03分18秒
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以前は周囲に携帯電話は持たない主義だという人がいたが、最近ではめっきり少なくなった。生活必需品になったということだろうか。
私も携帯電話を使ってはいるが、仕事で必要というだけで私生活ではあまり役立っていない。 転職の際に、1ヶ月ほど何もせずに暮らす機会があったが、携帯電話は主に着信専用となり、ついにはバッテリーがきれて、放っておくにまでなった。 相手にかける際にも、多忙かもしれない、運転中かもしれないと思うとどうもかけにくい。私にとってはまだまだ厄介な道具だ。 最近、携帯電話の使い道としてメールが主流だが、ある意味、相手の都合を考慮した通信手段なのではないかと、ふと思った。相手の時間を会話することで占有してしまうことを避け、都合のいいときに連絡をもらえればいい、そんな事を利用者は考えているのだろう。 そう思うと、町中でしきりに携帯電話のテンキーを操作している人々が優しい人に見えてきた。 |
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2000年12月19日 15時18分34秒
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公私ともにEメールを使うようになってから、手紙を書く機会が減った。それでも机の引き出しには一筆箋とインク瓶をいつでも取り出せるように入れてある。
もう10年以上、パーカーの75という万年筆を愛用しているが、最近、もう一本追加した。モンブランのマイスターシュトックの細身のタイプだ。どちらもカートリッジと好きなインクを詰め替えて使える吸入器の併用タイプだが、自宅ではインク瓶からインクを吸入器で吸い上げて使っている。 インクを吸い上げる作業は手間がかかるが、文字を書く決意表明のような儀礼的作業として受け止め、飽きずに続けている。インクを詰め替えてしばらく放っておくと、インクが乾燥し万年筆を水で丸洗いする羽目になる。今までも何回となくインク詰まりを起こしては、そこまで文字を書かなくなった自分を振り返り反省する。 手帳に来週の予定を書き込み、来年の手帳に必要な住所録を写しながら一年を振り返る。今年も様々な出会いがあった。 インクが乾くまでぼんやりと並んだ名前を見つめている。 |
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2000年12月15日 22時16分32秒
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君が殺されて、しばらくすると、
保険屋が書類を持ってやってきた。 君の両親は書類にサインをして、 まとまった金を手に入れた。 君がいなくなって、今日までの間 毎日繰り返している事がある。 返事は返ってこないのに、 君の名前を呼んでいる。 君の命は札束にかわってしまった。 欲しい物は何でも買えるほどの大金だ。 この金で、もう一度君を取り戻したい。 いくら払ったら君を返してくれるんだろう。 札束って本当に欲しい物は買えないんだね。 役立たずの紙切れ。 |
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2000年12月10日 01時37分42秒
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古いアルバムを探していたら、棚の奥からサハラ砂漠の砂が入った袋が出てきた。友人がNGOに参加し、モーリタニアから持ち帰ってきたもので、4つの袋に4種類の砂が詰められている。 モーリタニアはサハラ砂漠の西側、海に面した国だ。近年、砂漠化が進み国土の5/6が砂漠だと言われる。砂漠化で遊牧が営めなくなったため、首都ヌアクショットには人口が集中しスラム化している。 モーリタニアと日本は実は関係が深い。日本で食べている鮹は90%がこの砂漠の国モーリタニア産である。 日本の胃袋を支えているモーリタニアは、砂漠化で道路が砂漠に埋もれ、町の孤立化が激しい。陸の孤島となった町に救援物資と医者を運び、砂漠を越えるための運転技術を教えに行くというのが友人の参加したNGOだった。 サハラ砂漠は美しい。もらった写真には砂漠に立つ一本の木が、夕日に照らされ影を作っていた。風が作った模様である風紋がどこまでも続いていた。しかし、その木の根本には砂に埋もれた町の死骸が横たわっているのだ。 美しさと恐怖が共存するサハラ砂漠。そこに生きる人々に会いに、近い将来出かけようと思う。 |
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2000年12月08日 01時49分55秒
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一日に何度か笑い、 たまに涙を流そう。 愚痴はいくらでも聞こう。 弱音だっていいさ。 完璧なんかじゃなくていい。 特別な事なんて、何もいらない。 ありふれた僕らでいよう。 当たり前の二人でいよう。 キミの代わりは誰も居ない。 世界中で一人だけのキミ。 いまは、おやすみ。 明日、また一緒に笑おう。 |
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2000年12月04日 22時49分52秒
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この一週間、風邪がよくならないまま、あちらこちらに出かけて行き、仕事をこなさなければならなかった。 多忙な日々を送り、車のエンジンをかける機会も減っていた。久しぶりにイグニッションをひねると案の定、バッテリーが上がっていた。もうバッテリー自体古く、充電してもまた上がってしまうだろう。以前乗ったときも、ウインカーをつけるとラジオにノイズが走っていたのを思い出した。これはバッテリーの寿命を知らせる現象の一つだ。 近くのガソリンスタンドまで歩いて行き、1万円のバッテリーを買ってきて載せ変えた。イグニッションをひねるとエンジンは何もなかったように当たり前に始動した。 古いバッテリーに目をやると、過ぎていった時間が偲ばれた。なにか、えらく遠いところに来てしまったような感覚を抱いた。 |
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2000年12月03日 16時50分54秒
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