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今年の成人式で二十歳の若者が暴れるという事件があった。メディアで取り上げられた内容は、いずれも酒を呑んで暴言を吐くというもので、相変わらず「成人式を迎えた者は酒や煙草を許された者」と思いこんでいるようだ。 酒や煙草はもちろん解禁だが、解禁されてしまえば実は特別なことではなく、好きなだけ呑んで吸えるわけだ。大人に隠れてやっていた時のようなときめきが次第に薄れ、あれほど嫌っていた大人と同様に酔っぱらい、臭い息を吐きながら生きる運命にあるのに、その第一歩である成人式に大人の醜い部分をまねしなくてもいいだろう。 そんな中、先日、すばらしい青年に会った。二十歳の若者だが、あどけなさが残り、見た目は好青年というよりも不良っぽさが漂っていた。彼とは居酒屋で隣り合わせたが、酔うに従って夢を語り始めた。彼の夢とはパン屋を開くことだという。そのために四月からパンの専門学校に通い始める。夢を語る彼の顔はとてもさわやかで、こんな男の焼くパンならきっと旨いだろうと確信が持てる顔だ。 話を聞き込むと、どの若者もみんな純真で可能性にあふれている。たまたま見せる悪行は大人への反逆という名を借りた自分への甘えだと、私は経験から思う。甘えに対してどう対応すべきか迷う大人も多い。私は迷わない。私は世間のサンプルの一つであり、絶対ではない。もし、気に入らないのならば乗り越えればいい。学ぶべき点がもしもあるのなら盗めばいい。 二十歳の若者たちよ、大人もまた絶対ではない。いつか君たちに倒される時が来る。自分のスタイルを作り、貫いて生き抜け。 「若者」だとか、説教めいた文句を書いていたら吐き気がしてきた。どうやらまだまだ大人になりきれていないらしい。さて、バイクで冬の街を走って頭を冷やしてくるか。 |
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2001年01月31日 14時37分45秒
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1月27日(土)都内を含め関東東北で大雪が降った。早朝の仕事を終え、帰路についたのが午前11時。積雪は8センチに達していた。 バイクには風で飛ばされた雪がこびりつき、エンジンをかけると次第にマフラーの熱で雪が溶け落ちて行く。その他は手で払いのけ、10分以上かけてようやくバイクに跨る。 アクセルをひねると後輪は空転し、前輪はグリップせずにバイクが暴れる。バイク乗り13年の経験とかつて雪国に住んでいた際に覚えた技術でだましだまし20キロの道のりを時速30キロで走り出した。 道すがら、トラックやタクシーの跳ね上げる雪の飛沫を頭からかぶりながらも、ここで腹を立てて運転が荒くなると事故に繋がると言い聞かせ淡々と走る。緩やかな坂道でもタイヤはグリップを失うので、カーブと坂道は細心の注意でエンジンブレーキを多用してクリアーして行く。 家につき、シャワーを浴びると、湯温35度でも非常に熱く感じる。かつて寒い日に200キロのツーリングを終え、風呂に入ると体中から湯気が出た。しかし、風呂に入っていたのは湯ではなくただの水。水温よりも人間の身体は冷えるものなのだと思ったことがあった。今回も水から徐々に水温を上げてゆきシャワーを浴びた。30分以上かけて体温を上げてゆき、ようやく普段通りの動きができるようになった。 こんな天候の日になぜバイクに乗るのかと思うが、バイク乗りにとって走りやすい季節は1年でも数えるほどしかなく、常に寒すぎたり暑すぎたり、雨だったりと悪条件が続いている。 バイク乗りの宿命とあきらめ、嫌なら降りる。耐えられるから乗っているんだとつぶやきながら身体を拭く。乗れなくなったら、そこが自分の限界なのだろうと、たかがバイクに人生の折り返し地点を見いだしている。 |
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2001年01月29日 16時27分41秒
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去年の暮れ、100ccのスクーターを買った。走行4万キロ以上の熟女だがエンジンも足周りも日常乗るのには申し分のないクオリティだ。 荷物を載せるスペースが以前乗っていた50ccのスクーターに比べ少し少ないので、荷台に固定するボックス型トランクを買いに上野まで出かけていった。 多くの店が定休日で人も少なかったが目的の店は幸い開いていた。7800円でボックスを買うと、「取り付けには1時間ほど待って欲しい」と言われた。六角レンチと10ミリのスパナがあれば簡単にとりつけられるのだが、工具は貸せないと言う。時間もあるし、店の前で1時間待とうかとも思ったが、タバコを1本吸い終わるまでに待つのに飽きてしまい、なんとか落ちないようにバイクに積み込んで持ち帰ってきた。 上野というと、東北育ちの私にとって東京への玄関口で、上京する度にやる気のない街だとは感じていた。今回も、やる気のなさを肌で感じる事ができて嬉しかった。 これは嫌みではなく、私は上野のやる気のなさにひかれている。退廃、デカダンス・・・何れも違うが、なにか諦めているような中に生活の香りが漂っていてたまらなくいい。これが商売っ気丸出しの街になってしまったらやはり寂しいだろう。アメ横にしても活気はあるが、どこか悲しげな香りがしている。 バイクにトランクを固定しながら、今度、休みをとって、平日の上野をぶらついてみようと思った。 |
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2001年01月25日 21時29分39秒
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今朝は21世紀に入って最初の皆既月食だった。結果的には悪天で九州の宮崎や福岡など一部で観測されたにとどまったが、私の担当する番組では無事に月が欠けてゆく様子を放送することが出来た。 皆既月食とは、太陽と地球と月が一直線に並ぶことで、太陽光線が地球に遮られて月が全て消えてゆく現象だが、今回の皆既月食は、天候さえよければ、列島各地で見ることが出来た。 次回、列島各地で皆既月食が見られるのは2011年ということだから、取材にも力が入った。全国の支局に無理を言い、電話の先ではカメラマンが待機して天気とにらめっこしている。今ひとつ明るさが見えない日本の社会に、少しでも明るい話題をとスタッフ達も燃えた。 放送時間は1分。今回、国立天文台などがインターネット中継を支援したが、映像としてとらえたのは私たちだけだった。映像は見事に欠けてゆく月をとらえていた。 21世紀初頭の日本。ぼんやりした時代と社会で生きやすいとは言えないが、たまには空を見上げ、明るい未来を夢見たい。 |
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2001年01月10日 13時29分29秒
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街の至る所でフリーズジャケットを見かけるようになった。私もこの冬、安価なフリースジャケットを1着買ってみた。 かつて2万円近くした化繊のフリースジャケットだが、最近では1000円台という民主的な値段で手に入る。機能もそれなりなのだが、まあ着られ無いほどひどくはない。今の風潮にあった、それなりの値段でそれなりの機能を満たしている。 フリースを洗濯した際に、クローゼットから代わりの服を探していると、セーターが数着でてきた。一昨年、個人輸入でまとめ買いしたセーターだ。材質はウールで、洗濯機で洗えるものを買い求めたので、汚れを気にせず気軽に着られる。頭からすっぽりかぶると、じきに体温で暖められた空気が今度は身体を暖め始めた。この快適さがすっかり気に入ってしまい、コットンシャツの上にセーターを羽織り、その上に山羊皮のフライトジャケットを着て毎日出勤している。 化繊のフリースが洗い上がってもあまり着る気がおこらず、もっぱら天然のフリースを愛用している。ペットボトルの再利用として環境にやさしいというイメージがある化繊フリーズだが、衣類としての役目を全うした後は燃えないゴミになるのでは、と思うとなおさら天然素材が愛おしく思えてくる。 街を見ると化繊フリーズを来ている人が多い。その人の群を天然素材に身を包んで追い越してゆく。ひとり温かい気持ちになり自惚れている。 |
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2001年01月09日 19時50分20秒
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テレビは21世紀を迎えた世界の歓喜を伝えているが、私の住む東京は例年通りの静かな年明けとなった。 静かな東京の街を見おろしながら、この100年はどんな世紀になるだろうかと思いを巡らせる。民族紛争や環境問題、食料問題など人間が起因する問題は21世紀に持ち越されてしまい、いまひとつ明るい世紀になるという実感は持てないでいる。 子どもの頃、21世紀は科学の力によって、人間をとりまくあらゆる問題が解決され、豊かな時代になると信じていた。確かに科学は進化したが、道具も進化し、人間の方の進歩は遅いから今では道具に使われて、余裕のない生活を強いられている。チャップリンが「モダンタイムス」で描いたそのままの暮らしだ。 「富と引き替えに日本人は自然を破壊して成長してきた」というような論調もたまに見かけるが、時間に余裕もなく、かといってさほど経済も潤っていない。日本人は貧しいまま環境を破壊しているだけだ。 日本のここ30年の気象のデータを見ても年々気温は上昇していることがわかる。確実に温暖化に向かい、ある研究者は21世紀は平均気温が6度ほど上昇すると言っている。6度というとあまりピンと来ないが、東京は気象で分布すると亜熱帯地域に属することになる。そうなると、育つ植物の種類も入れ替わるはずだし、雨が増え、水害も増える。雪には当分お目にかかれそうもない国に変貌する。 21世紀。そろそろ人間は、どう生きるべきかを真剣に考え、行動しなくてはならない時代を迎えたようだ。当分、人間は楽をさせてもらえないらしい。 |
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2001年01月01日 23時13分19秒
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