|
|
|
|
|
ジーンズのポケットにしのばせている物のひとつに、馬革のコインパースがある。去年、スペインを旅したときにコルドバで買った物だ。一生分と思い、同じ物を3つ買ったが、1年もたっていないので最初の一つが元気に活躍してくれている。
コインパースを持ち歩く理由だが、やたらカード類が増え、いちいち全部を財布に入れて持って歩いていたら、財布だけでもかなりの重さになってしまった。本来、物を持ち歩くのが好きではないので、いっそのこと、小銭と少量の紙幣が入れられるコインパースを別に持つことにした。カードの入った財布も必要だが、大抵、コインパースだけ持ち歩けば事足りてしまう。 コインパースを探して東京の様々な店を見て回ったが、皮が柔らかすぎたり余計な機能がついていたりして、シンプルで丈夫な物がなかなかない。あったとしても、日用品としては不当に高価であり、買わないままスペインに出かけた。 スペイン・コルドバ。馬革=コードバンと呼ばれるのは、この町の名前から来ている。若い女性は「ロエベ」のブランドでスペインの革加工技術の高さを知っていると思う。コルドバには地元用の革細工を作る工房が数軒あり、そのうち一軒を訪ねた。革張りの椅子や家具、スリッパ、ペン皿などと並んで日本円で600円程度のコインパースを見つけた。日本に比べたら物価は安いが、生活雑貨は特に安いスペインでは1000円あれば、ちょっと気の利いたものが買える。日本では同じ物が5000円ほどで売られていたことを思い、迷わず買い求めた。 店を出た瞬間から使い始めた。その日使うのに十分なスペインのコインと札を入れ、財布を鞄の奥にしまい込んだ。ポケットの凹凸が減った分、身軽に感じる。飲み物やたばこを買うときにも小銭がすぐに取り出せて都合がいい。馬蹄形のコインパースは広げると一方が受け皿のようになっており、必要なコインが拾いやすいように工夫されている。 便利さと気軽さで、日本に帰ってきてからも毎日持ち歩くようになった。コインパースを持ち歩くようになってから、衝動買いが減った。が、貯金が増えたかというと全く増えない。どこかできっちりと無駄遣いをしているらしい。コインパースを手の上でポンポンと投げたり受けたりしながら、その理由を考えるのだが、コインパースは笑いをかみ殺して、押し黙ったままだ。 |
|
2001年05月31日 18時42分56秒
|
|
|
|
土日に休み無く働いたばかりか、徹夜したので疲れがたまっている。会社からの帰りに、錦糸町のタイ式古式マッサージに寄ることにした。看板を見ると値段は1時間4000円、2時間7000円となっている。2時間だなとつぶやきながら、古いビルの階段を上っていった。
中を覗くと布団が7枚ほどずらりと並んでおり、若い女性から初老の男まで悶絶していた。タイ人のお兄さんとおばさんがプロレスの技よろしく、客の間接や筋をのばしている。骨の鳴る音があちらこちらから聞こえてくる。柔道か何かの道場に入ってきてしまったのかとも思ったが、疲労回復になればと意を決して受け付けを済ませた。 パジャマに着替えると20代前半のタイ人の男が足を洗ってくれ、脚のマッサージが始まった。仰向けになって脚の内側の骨にそって筋を押してゆく。あまり力を入れていないようだが、かなり刺激が走る。これか!悶絶の原因は!!と察知したが、まだ序の口であった。足の付け根のリンパを上から30秒ほど押さえ込まれたときは痛みが脳天を突き抜け、考え事の詰まった頭までもあまりの痛みでかえってクリアになってしまった。横になり、脚と腕を掴まれ、背中と腰を脚で押されて弓なりにされたときは、花火が見え、その後、目の前が真っ白になった。がきごきと音がしたと思うとそれまで背中にたまっていた疲れが消し飛んだ。 タイ古式マッサージとは、ようは強度のストレッチ運動だ。知らず知らずのうちに疲れがたまり、その疲れた部分を他の筋肉で補おうとして連鎖的に全身が疲れてゆく。首は曲がらなくなり、背中もこり、肩は前方に張り出していたが、2時間ですっかり楽になった。 この快感を自分一人で満喫しているのはもったいないので、近く知人を連れて行こうと思う。その人の痛みで悶絶する姿を見ながらタバコでも吸ってやろうと悪趣味なことを考えている。 |
|
2001年05月22日 20時17分28秒
|
|
|
|
この数カ月間、さがしている物がある。クイーンのCDなのだが、自分が普段置きそうな場所には無く、掃除した際にどこかにしまい込んでしまったらしい。
CDのケースだけが虚しくオーディオセットの下の棚に置いてあり、中に入っているべきCDが2枚とも無い。おそらく、ドライブ用にと気に入ったCDを何枚かキャリングケースに入れ、ケースごとどこかにしまいこんでしまったらしい。 聞けないとなると聞きたくなるのが人情で、かといって同じ物を買ったりレンタルするのも馬鹿らしくてイライラはつのるのだが、棚から別なCDを出して聞いているうちにさがしていたこと自体忘れてしまう。 そんな風にして、代わりで間に合わせながら事を済ましてきてしまうことが、人生を振り返るといくつかある。 車や本、一緒に食事をする相手・・・。必ずしもそれで無くてはなえらない訳ではなく、しかし最適というのでもなく。最初は「間に合わせ」のつもりが、予想を超える感動を頂戴することもあり、「アタリ」を引くことも多い。自分の思いこみを頭ごなしに壊してくれる新しい出会いは、まさにそういうときに訪れる。 クイーンのCDが出てこないのは、それを教えるためかと、苦笑いをしている。 |
|
2001年05月03日 22時49分11秒
|