戯れ言

アジアの布
 先日、シャツを一枚購入した。ベトナム、中国国境地域に住む少数民族が作ったものだと店員は言っていた。素材は藍染めした綿で、裂き織りのように所々に布の繊維が織り込まれているうえ、手の込んだ刺繍までしてある。手間に見合うのか、値段は9500円だった。
 仕事をしていると、服はすり減り、汚れることが多いので、丈夫で機能的な化繊の洋服を着ることが多くなった。その反動だろうか、絹や綿、羊毛などの自然素材がたまらなくいとおしい。
 去年は、化繊のフリースに飽き、天然のフリースであるウールのセーターを段ボール一箱分買い揃えた。夏には作務衣を着、草木染のバンダナを2枚購入した。
 そして最近では、アジアの布が気になって仕方ない。というのも、旅をしていると、かつて織物の町といわれた場所を訪ねても、痕跡すら残っていない場合が多いのに気付かされていたからである。
 江戸末期に庶民の着物に使われていた布の製法は特に残っていない。埼玉県の蕨市などその代表だろう。
 藍を基調とした縞模様は心を落ちつかせてくれる。そして心を引き締めてくれる。日本人ならば、日本の布を身につけたいという思いが私の中で日々膨らんでいる。
 そんなとき、神楽坂のアジアの布を扱う店に偶然出会い、日本とどこかで繋がっているアジアの心を見つけた。一針一針丁寧に縫ってあり、手仕事の集大成とも言えるシャツ。店に入った瞬間に最も輝いて見えたシャツ。それが、いま私の身体を包んでいる。
 こういう幸せを感じていると家にいる時間や週末がどんどん好きになってくる。働き盛りだというのに、これでいいのだろうかと、思いながら吸うタバコのなんと苦いことか。
2001年11月07日 01時25分10秒

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