A
Miracle of Whisper
第二段 時空と夢の果て
●次の朝、仕事に向かう電車の中で昨日の夜うたた寝をした時に見た夢のことを思い出していた。普段見る夢の中は少し曖昧な、体を包み込む心地よさのようなものがなんとなくあり、自分で “これは夢だ” という自覚さえ持てることも浅い眠りの夢のときは在りうる。でもあのうたた寝は、自分を包み込むその空間の違いをあきらかに肌で感じた。その静けさも、ダークブルーの夜空も、そしてそこに存在していた人までもが現代のこの世界とは異なっているように思える。「あれはきっと夢なんかじゃない・・・」そう思いはじめた。
「おはよう
!」
「あっ、おはようございます!」
「あれ、今日はくるのはやいね」
「きのう疲れちゃって疲れちゃって早くベットに入ったら朝5時に目、醒めちゃった・・・。
「なんか楽しい夢でも見れたかな?」
「熟睡していてよく覚えてない・・・な」
●私が勤める研究所の同僚に夢についてちょっと聞いてみたくなった。研究所といっても建てまえ上は民間メーカーの工場敷地内の一角にある。本当は国が全額出資してタイムマシンを開発しているがさすがにそれが一般にわかるとまずいので全然関係のないメーカーに間借りさせていただいているという訳だ。
もともと私が昨日の山の手線で彼女たちのはなしに興味を持ったのもこの開発に携わっているからに他ならない。
私はもっと物理的なアプローチから現実化しようと考えていた。しかしある一線まで開発が進んだときにどうしても越えられない壁に突き当たっていたのだ。飛行機が音速移動の壁を破ってから1世紀がたち、漸く人類も光の速度を超えることはできなくともそれと同じ速さで移動することが可能になった。が、ブラックホールの重力に耐えうる特殊なカプセルの開発とそれが移動したあと、異次元にとっては存在してはならない、現世代にこの今生きている、生物としての生身の人間をそんな死をともなうかもしれない危険なところに送りこむことが果たして許されるのかという大きな問題を残していた。
「なあ、ケイちゃん、現代空間から移動したカプセルが開いて過去の空間と融合するとき、その人間のからだにどういう変化がみられるんだろう?」
「たぶん、今の医学の世界や物理の世界では想像がつかないことがおこるんじゃないかしら?」
「でも自分が生まれるまでの過去へ行くのと、自分が存在していないもっと古い時代に入っていくのとは違うはずだよね?」
「物理的に考えてしまうと、矛盾は同じ。自分という
“個” が二人重複して存在してしまうことと、存在しえない空間に存在してしまうことはそう遠くはないわ。要は空間(スペース)の捕らえかたよ。とらえる基準となる空間が違えばいくらでも重複して存在できるよ。でも同じ空間となると片方が消えるしかないわね・・・」
●ケイの「消えるしかない」という言葉が妙にこころに引っかかった。華の大江戸を垣間見た私はすぐに現代の現在に戻ってこれた。これが単なる夢であったのならそれまでだ。山の手線の彼女たちはいまこの東京のどこかに生きているのだろうか?生まれかわりを実感したという彼女の夢にはまだまだ秘密が隠されている。
私は組織に “ 調査のための個人へのアプローチ ” の申請許可依頼を提出をした。
3段目につづく
毎週土曜日追加掲載予定