台本風肺炎騒動記
2003年3月末 にぶちん
(
3/31、21:30)
はじめに
2003
年の2月から3月にかけては私(患者)の周りで、なにか騒動が有ったようです。 結構、面白いドラマのように思えたので、忘れないうちに書いておこうというわけです。
登場人物紹介
患者:何にでもちょっとしつこい中年、食事を残すと親父に殴られて育った世代。 プラス思考を目標とするがまだ実現出来てない。 子供のころしょう紅熱で42度を経験し、最近は腎臓結石で鍛えられているので、熱と痛みには我慢が効くのが特徴。
患者女房
:大物かも知れない“なるようになるさ”のネアカ人間。 どこでも知り合いをすぐ作り情報を集めてくる生まれつきのプラス思考タイプ。 いろいろの経験を積んでいつの間にか、何があってもぜんぜん態度に出さない事が出来るようになった。主治医男
:血液内科の4つのグループのうちの第2Gの責任者で腕は相当良いとの評価、患者には隠さないで全部告知する主義。 相当勉強もしている医学・科学信奉者。主治医女
:昨年9月より一年間国内留学でこの病院で骨髄移植専門修行している血液内科医、ほかの病院であれば血液専門医で十分通用するだけの経験あり。隣室の
W氏奥方:W氏は3月上旬にお亡くなりになった、奥さんはW氏主治医から医局会議やらの話をゲットして、患者女房に教えてくれた。薬剤師
:話好きで、使っている薬、医局会議で聞いた治療方針について詳しく教えてくれる。 毎週病室に顔を出すので患者の格好の情報源。 でも高熱時には病室には来なかったので、残念ながら今回は評価低下だな〜看護婦達
:患者の現状評価については極めて口が堅く、かまをかけても全くゲロしないが、病状が良くなると、実はあの時はねと多少だけはほのめかしてくれる。K
さん:患者の会社の上司。 プラス思考が身についている、患者の先生的存在。
プロローグ
患者は急性白血病のため2月初めから抗がん剤治療を受け、数日間で白血球がほぼ無くなりエイズ状態で病原体感染チャンスは100%となり、5人大部屋でのクリーンブースベッド生活となった。 病院のクリーンブースは空気中のチリを千分の一レベルにするが、なぜかカビ胞子が患者の肺に取り付いて肺炎を起こした。 カビ肺炎が命取りの一つであることは血液専門医の間ではよく知られているようだ。
来客の多い大部屋にいたのが不運だったのか? 患者が感染リスクをなめてクリーンブースへの引き籠もりが不十分だったのか?
第一幕
(カビ肺炎を拾う)主治医男:(回診時、患者に)カビ肺炎になっちゃったようですので、抗カビ剤の点滴を始めます。 一つじゃ余り良く効かないので2種類使いますが、第二薬は2週間くらいしないと効き始めません。 第一薬は腎臓への副作用が強くて熱が出るし身体に水がたまってむくみます。 効き目は両方とも正直もう一つなんですけど、これがベストの組み合わせといわれてます。
そのうちに白血球が増えてくるはずなので、なんとか肺炎を抑えられるでしょう。(用心深い主治医男のなかなかいい手がないぞとの予防線だったんだ)
患者と患者女房:なっちまったものは仕方ないよね〜 (数日して)熱が出てきたぞ〜
第二幕(高熱隧道の真っ只中)
白血球が無いので身体の抵抗力が全く無く、二種類の抗カビ薬が細菌への抗生物質のように効き目が有るわけじゃないので、2週間でカビは左肺で大増殖し肺機能が急激に低下してX線の影も広がるわ、胸水は溜まるわ、咳は出るわ、血痰が出るわとなってきた。
患者の平均体温は解熱剤を一日5回の制限まで目一杯使用して、38度台後半から39度台、患者は酸素吸入下でぜいぜい言いながら夜も昼も無い高熱隧道に突入していった。
患者の体力・活性度は極端に低下してゆき、例えば、歯を磨くのにも、歯ブラシを取るのに
30秒、歯磨き粉をつけるのに更に30秒、口に入れるまでにまた30秒…と息を整えてから動作するので、まさにテレビでみるスローモーションのナマケモノ状態となっていった。病室もはじめの大部屋から、3回も引っ越して重症化への対応が着々と進んでいった:
大部屋窓際→大部屋入り口(酸素付き)→小個室(機械入らず)→大個室
大個室は人工呼吸器などの機械が入れられるので、ここの病棟では究極の選択である。
看護婦達
:(独り言)あらら、つい3日前毎分3リットルで酸素吸入を始めたと思ったら、もう毎分6リットルにしないと血中酸素が不足だわ。 それにしてもこの患者は39度でもおいしくもない病院食を3食しっかり全部食べてるよ。 高熱で意識朦朧としてるはずなのに、何かやってあげるとむくっと首を起こして“ありがとうございます”って言うし、相当つらいはずなのにちょっと不気味よね〜 (ナースセンターでうわさの種に)
主治医男
:(回診時、患者と患者女房に)なんとか早く白血球が増えてくれると肺炎の悪化が食い止められるんですが、抗がん剤治療を終了してからだいぶたったので、もう増えてきてもいいはずですよ。 念のため、白血球増やす注射も明日から追加しましょう。
主治医女:(主治医男に)私のいた病院ではこんな時はステロイド使って、まず患者の熱下げて患者を楽にしてあげるんですけど。
主治医男
:(主治医女に)ステロイドはカビ肺炎も元気にしちゃうかもしれないので、その提案はきゃーっか。 患者が今の高熱でバンザイしたら考えてみようじゃん。患者
:(独り言)なんかえらくしんどいけど、俺が乗り切れないわけないから頑張っちゃおう、試練じゃ〜それにしても何にもしないでベッドに右下横向きに寝てるのが精一杯とは情けないこった、“すっすっすー、はー”(酸欠で息苦しいので酸素マスクの酸素を吸い込もうとする深呼吸)。
(昼も夜も数分おきに咳)“ごふっ!ごふっ!ごふっ!ぺっ!”(血痰をティッシュに吐き出す音)、咳止め飲まないとじぇんじぇん休まらんし・眠れんが、一日4回までの制限で今日はもう二回も飲んじゃったしな〜、えーい今回は咳止めは我慢しちゃえ、“ごふっ!ごふっ!ごふっ!ぺっ!” (枕元のゴミ箱は毎日血痰ティッシュの山が築かれていった)
患者女房
:(独り言)なんかえらくしんどそうだけど、自分で大丈夫っていうんだから、まだ大丈夫みたいだわ。 でも、ちょっと雲行きが怪しいから情報収集したほうが良いかもね。 今まで夕方で帰ってたけど晩飯おわるまで病院にいることにしようかしら。患者
:(独り言)おっ、女房から自主的に晩飯まで一緒にいると言ってきたぞ、弱気さらすようで俺からはなかなか言えなかったのよね、ラッキー。
第三幕
(高熱隧道出口近く)抜け目無く情報収集を始めた患者女房は、以前医療費支払いやら・ガン保険やらの仕組み・手続きを教えて上げたりした
W氏奥方と密談。 主治医女からも事情聴取、主治医女も悪い話は事前に家族に言っておきたいので患者向けよりは詳しく説明した模様。
W
氏奥方:(廊下で、患者女房に)うちの旦那の主治医に聞いたんだけどさ〜 うちの旦那もやばい状態だけど、お宅の旦那もいい勝負かもっとやばいらしいよ。 もしものことも考えておいたほうが良さそうだよ。 医局会議でのお宅の主治医男の報告だと、もしかすると来週だってわからんみたいな状態らしいよ〜
(数日後)
主治医女
:(廊下で、患者女房に)出来る限りの手を尽くしてるんですが、ご主人のカビ肺炎は薬じゃ制圧出来てません。 もう何日かすると、酸素吸入も限界ですので気管内挿管ということにしないと持たないと思います。 気管内挿管すると口はきけないし、口から食事は摂れないし、喉が痛くなるので鎮静剤で半分眠らせることになります。 でも、気管内挿管で時間稼ぎしているうちに何かチャンスがあるかも知れません。主治医男
:(翌日の回診時、患者と女房に)肺炎の拡大が止まりませんので、酸素の確保のために気管内挿管というのをやる事にします。 100%純酸素を肺に入れられるので今の40%よりは呼吸は楽になりますよ。 人工呼吸器を持ち込んだり人手がいる処置なので準備が必要です、今日は水曜なので遅くても来週初めまでに実施しましょう。患者
:(口の中でぶつぶつと)主治医男が必要っていうんだから、よくわからんが仕方ないな。 でもなんか雰囲気的にはやりたくない治療だな〜 (そんなのいやだよ〜というのが表情・態度にもはっきり出る)主治医男
:(独り言)いやがってるみたいだから、ぎりぎりまで待つか? 準備をしておいて、患者がつらくてバンザイしそうだったら問答無用でやっちゃえばいいんだし。患者女房
:(独り言)うーん、来るものが来たみたいだわね、親戚、実家にも連絡しておいたほうが良さそうだわ。 会社関係もKさんに電話しとかないとね。
(
週末がなんとか経過し、月曜日に肺のレントゲン撮影があった翌日の火曜日、患者は高熱下・酸素吸入でまだ粘っていた)
主治医男
:(回診時、患者と女房に、とても誇らしげに胸をそらせて)昨日のX線を見ると、どうやら肺炎の悪化は薬で食い止められたようです、なんとか気管内挿管はしなくても済みそうです。 第二薬が効いてきたんだと思います、実は去年出てきた新しい薬なんですよ。患者
:(高熱で半分朦朧としながら)なんだかいつもと違って、今日は先生威張ってるね。 薬が効いたのがよっぽど嬉しいみたいだけど、なにはともあれ良くなりそうなのはラッキー、っていうか、あんなに頑張ったんだからカビ肺炎だって良くなって当たり前じゃい、おっとっと、まずは感謝、感謝!患者女房
:(独り言)ふーっ、まずはめでたいわ〜うれしいわ〜 親戚・実家に連絡しとかなくちゃね。 肺炎乗り切ったっていう報告と喪服準備指令の取り消しを言っとかなきゃ。
エピソード
いっぺんにカビ肺炎が治まるわけも無く、高熱隧道はその後も続いたが、体温・咳・痰は徐々に下火となりつつあり中熱隧道に切り替わりつつあった。
主治医男のカビ肺炎制圧宣言の約10日後、主治医男も高熱隧道が患者にきつかったのを反省したのか、はたまた薬での肺炎コントロールに自信を持ったからか、主治医女の提案を受け入れステロイドが点滴されることになった。
ステロイド点滴初日から劇的に高熱が下がった翌日、余りにも調子が良いので患者はデジカメ写真を会社関係者に近況として配布することを思いつき、患者女房が撮影、患者が電子メールで配布した。
2週間ほど前の患者女房の“ちょっと危ないかも知れません”との電話連絡とのあと、
主治医男の期待した白血球の増加は肺炎制圧宣言“後“3週間以上たって始まり(抗がん剤治療終了から2ヶ月以上の病院最長記録)、それ以来患者の体調は順調に回復し酸素吸入も不要になり、体温も37度を越えることは無くなっている。
(設問)
抗カビ剤はそれまで数週間は効かなかったし、抗カビ剤の二薬とも劇的な効能は持ってない薬だそうだ。 白血球もその時点では全く増えてなかった。
患者がバンザイしなくても、血中酸素濃度の低下で、時間の問題(最大数日)で気管内挿管だったはずだ。
正直なところここまで読んでもらってわかるように、患者には理屈では説明できそうもない。
エピソード2
肺炎制圧後のしばらくの間、病室に医療スタッフがやたらに立ち寄るようになった。 皆さんからは、まず良かったねの一言、患者はこんなに皆さんが心配してくれていたのかと感謝と反省。
とはいっても、面白いのが科学的・論理的であるはずの医療スタッフの皆さんの心と身体の関係についてのコメント。 多分、実例を一杯見てるんでしょうね。
薬剤師
:(患者と患者女房に)第二薬は昨年11月保険収録の新薬でラッキーだったですね。 でもね、私は患者の精神力が決め手だと思ってます。 薬なんてものは例外を除いて絶対に劇的には効かないんですよ。(劇的に効くようなら副作用がすごいことになるので薬にしないそうです)看護婦
A(複数):(ナースセンターで雑談)なんでこの患者、地獄の3丁目まで行ってたのに良くなったんだろ? 普通はあそこまで行ってたら、地下から退院よね〜 なんだかよくわかんないけど、多分運がいいんでしょうね〜看護婦B(複数):(患者と患者女房に)治る治ると前向きに考えていたでしょ、それが勝因です。 90歳の爺ちゃんでも治る治ると唱えていた人はちゃんと治って退院してます。
看護婦C:(患者と患者女房に)高熱で苦しい時でも食事を口から食べ続けてたのが勝因です。 点滴の栄養じゃ回復しやしません。
主治医女:(廊下で、患者女房に)ご主人の気力で良くなったとしか説明できません。 うーん、気力って本当にあるのかも知れませんね〜
主治医男
:(自信満々の独り言)たまたま第二薬が良く効く体質、カビだった可能性はあるが、やばいカビ肺炎もやり方によっては薬だけでも抑えることができるみたいだ。患者女房
:(独り言)なにはともあれ、ひとつ山は越えたけど、本番の骨髄移植があるんだから患者の心がゆるまないようにしなくちゃ。 でも、うちの一家には運があるみたい、“信じるものは救われる”なんだろうね。 私は別に神や仏を信じてないけどね。患者
:(独り言)今回は、そんなにやばかったのかと患者女房から聞いて、最初は正直ちょっとびっくりしたよ。
おわりに
今回のカビ肺炎の制圧に際しては、患者を知ってる多くの皆さんが、患者のことを気にかけてくれてたことが実感できて制圧宣言のあと涙が出てきました、皆さん気にかけてくれてありがとうございます、本当に感謝してます。
俺は本当にツイテルぞ、これから先もうまく行くような気がしてきたぞ!!! 感謝と反省と信念じゃ〜
(完)