体験談・・不思議ゾーンへ行って来た方のお話(第7〜8話と10〜12話)
(消失したお話の10話も復活しました。読んでね!)

もう私たちは忘れてしまってますが
遠い記憶を思い手繰り寄せれば必ず蘇ってくるはずの不思議に感じた幼いころの思い出..
あるいは..ついこの間のことなのに忙殺されていた不思議体験はあなたにもあるはずです。
素朴ながら私の知ってる不思議を書いてみました。
アナタの不思議体験等を是非メールしてくださいね!(^▽^

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第12話*赤沼のおじさん*
(投稿者:bababong)

      私が中学一年の時に家族は東京からS県へ移りました。

      以前に両親が縁組みも仲人もした赤沼さんとその妻子も、

      両親の自営の建物の一角にラーメン店を開くために越してきました。

      赤沼氏は本業がマーッサージ師で、母が当時より更に一昔前に慰安旅行で世話になったマッサージ師さんでした。

      今から30年前といってもかまわないでしょう...

      彼が身体を揉み解してる間に、母が大病をするとわかった方です。

      職業柄とは言え母は帰宅して赤沼氏の事をとても誉めていました..

      ところが旅から帰って間もなく本当に病気で倒れた母に、

      それを知っていたかのようにみかん一箱とお見舞いの手紙が届き、

      驚きと感心で母は赤沼氏と連絡を取るようになりました。

      同じ東北出身ということもあったのでしょう。

      母は都下のM市の美容院で働いていた、純朴で可愛い女性と彼をお見合いさせて、

      めでたく結婚まで取り付けました。

      その赤沼さんに二人のお子さんまでできた頃、S県へ移って来たわけです。

      私は昔から「赤沼のおじさん」と呼んでいました。

      おじさんはまた「姓名判断」と手相、四柱推命の占い等出来る人でした。

      私も見てもらったことがあるのですが、あまり良いことは言われなかったというか

      あまり教えてくれませんでした。

      実はそれが今の私を象徴しているようで、複雑な私の人生を前もって告げたくなかったのかもしれません。

      ある日おじさんに私が好きだったクラスメートT君の判断をしてもらいました。

      紙に書いた名前を見て...

      訛りが少々、ウエーブのある黒い髪に色黒、眼鏡..胃痛持ち=インド人みたいな赤沼のおじさんは...

      「んんん。この子はねえ、親戚の事で今大変悩んでますねえ」

      といったのです。それ以外あまり語らないのです。

      当時の私は「たった14才の子が何を親戚のことで悩むねん!」

      などという深い疑問は一切なく、よし!明日さっそく告げてやるぞ!と大喜びでした。

      次の日に自分が判断するふりして、赤沼のおじさんの言葉をT君に言うと

      「えええ!なんで分かったの?俺さあ、親戚から養子に来てくれって頼まれていてさ、迷ってるんだよ!」

      と驚いているのです。

      まあ、当たったわけですよ。

      でも今だから不思議なのですが...

      姓名判断ってその人の現在の状況とかを当てますでしょうか。

      せいぜい「初年は苦労多く..晩年は財を成す...」程度ではありませんか?

      誕生日を教えて見てもらったかも知れないけど(覚えてない)そうだとしてもです。

      当時の幼い私の精神では赤沼のおじさんがよく分からなかったのですね。

      そこで...

      今だから..ハタと思い当たるのは,結婚する前後の赤沼のおじさんの時代に..母から

      「おじさんは幽霊を見たことあるんだって」と聞かされ、さっそくせがんで話してもらった話です..

      おじさんは東京のどこかのサウナで専属マッサージ師として働いていた頃..

      風呂場の湯気の中から顔に傷のある男が叫んだそうです。

      「俺は近藤だ!助けてくれ!」

      もちろんそれが霊だと分かった後は怖かったそうですが、

      (怖かった?と聞くと「んんん。怖かったですねえ」と考えながら答えていましたけど...)

      霊の声まで聞こえるとはかなりの霊感体質なのではないかと今思うのです。

      自分が歳を取って始めて本当の不思議や真実が見えてくるものなのですね。

      赤沼のおじさんは、おそらく判断しながら

      「相手の現状などうっすらわかってしまう能力を持たれていた」

      のかも知れません。

      ラーメンのお店は国道沿いのため深夜営業で盛況であったと思います。

      その後若い知人夫婦に任せて本業に戻られたと思います..

      あの頃もっといろいろ聞いておけば良かった...

      無料で見てもらえたのだから...<(;’ー’)>という落ちでした。
      m(__)m


      第11話*登戸のUFO*
      (投稿者:bababong)

      (ミスで削除したまま長い年月がたってしまいました)up日:feb.10,01

      これもかなり古いお話です。(20数年前)

      その夜、○分寺に小さなスナックバーを人に任せて自らは内装屋のビジネスを していた知人がおりました。

      近所に住む半分インドかぶれ(失礼)の若者たちなどが日当をあてにして、 手伝っていました。

      さてその知人S氏と私はある晩一緒にドライブをしました。

      私の家の車なので私が運転してました。

      ○分寺といってもあまり周囲からどこへ行くとどこへ出る。。

      という道路事情に疎い私でしたので、(当時は○玉県民でしたのじゃ)

      彼の行っていた工事の現場のある登戸を目指していたようで彼の言うまま 走っていました。

      と、、とある郊外を走っていたとき(片道一車線)右側に祭りを行ってるらしい場所がありました。

      車を道路脇に停めて、細い道を歩いて行くと小さなお社で、

      その道の両側に縁日がたつ。。というお祭り。。でした。

      なにも買ったり食べた思い出がないのですが、覚えているのが、大昔に(歳がばれます)

      やはり○分寺に住んでいた両親が仲人をしていたM代さん家族のところへ、

      遊びに行った際にお祭りへ連れて行かれてそこのお社に烏を祭っていたような

      気がするのです。 それと同様にそこのお社も烏を祭ってあった気がするのですが、

      そこはただの凡人の私ですから、学術研究などにいそしまず、ただ、 知人と車にもどり出発しました。

      舗装はされていてもちょっと以前は田舎道かな、というその道路を走って行くと、

      左にカーブして行き、そのカーブの目前には小高い丘の黒いシルエットが ありました。

      その丘の所でなにか発光する丸いものがネオンのように3っつほど順に光ってる。。

      という感じでしたが、肝心の「サイン」がないのです。

      その光がカーブを曲がる私の右頭上に過ぎた時、

      「待てよ。。?」と、

      私はいきなりバックを始めてまた発光するものが見えるとこで停止しました。

      「ね!あれUFOじゃない?」

      知人は「えっ?」と、私が指さすフロントガラスを下から覗き込むようにして見ました。

      実はその光の玉は左に向かって3個ほどの光球がクルックルッと回転していた

      (実際は4個でも重なって三個に見えたかもしれないけれど)

      と思われるのですが、知人が覗いてから見事にパッと消えて。。

      一瞬後にその場所の上空に光球が現れて(相変わらずクルックルッと回転中)

      またまた一瞬後に消えたのでした。

      夜で見えないのですが感覚では右斜め上空へ去ってしまったようです。

      あれはまさにUFOとしか言い切れません。

      飛行機やヘリコプターでは無理です。(無音)

      発光の色は薄い黄オレンジであったと思います。

      私は「これを脳に刻み込め刻み込め」と思って見てましたから。

      知人に見たかと訊ねると、見た見たと言ってます。

      後日、これがあの「アダムスキー型円盤」と、思われたのは円盤の底部の丸い球です。

      あの部分を見たのではと。。

      まったくの円形でしたから、円盤底部から上下に伸縮できるのでしょうか。

      飛ぶときは少し中へ入れて、偵察?の時はライト代わりで下に降ろす。。

      そんな装置なのかな。。と、推測。

      でもこれも今だから言える推測です。

      当時は知人のバーへ帰り、ママに「UFOを見ちゃったよ!」で、終わりました。

      そうそう、場所は登戸へまったく人の移り住まない団地群を見に行った 行きか帰りの出来事だったのです。

      暗い窓の一個一個が墓石のように私には感じたものです。



      第10話*猫の手を借りた話*
      (投稿者:bababong)

      ジオに恨みはありませんが。。(ーー;=

      とにかく数年ぶりの再アップです。(4月の8日/01)

      私が幼かった頃に、キリスト教大学内の管理人の一人(と、思われる)「荒川さん」という、

      初老の方がその「猫」を、我が家へ持ってきました。

      (多分、私のわがままで猫が欲しいとか言っていたのでしょう)

      両親の知人であり、決してお偉い教授連の関係ではありません。。(笑)

      でも前もって両親と取り付けていたのでしょうか?

      外人の教授家族のペットの飼い猫の子供猫とかの事。

      名前はすでに決められていて「スージー」でした。

      我が家には決定権がすでになかったわけです。(玉?とか。)

      スージーは片目が金、片目が銀でした。

      縁起が良いのか悪いのか、とにかく、子沢山でオス猫を家の縁側まで、 誘っておいて。。

      知らん振り。。みたいな当てつけ行為をしていたのを、子供心に驚愕して見ていた私です。

      とにかく人間臭い猫でした。

      母があの子猫が母猫からミルクを飲む時の乳もみ動作。。(分かりますでしょ?)

      を、利用して?。。スージーに肩揉みを仕込んでしまいました。

      母が「いい子だねぇ〜♪いい子だねぇ〜♪」と、

      口ずさむと。。スージーは母の両肩に両手をあげて揉みはじめるのです。

      襖も片手でシュシュッと開けていましたよ。 ところでその子沢山のスージーが

      子供を孕んでパンパンの頃になると母が、ダンボールに布を敷いて

      彼女の出産室とするのですが。。(外に置く)

      私がちょっかいとか、心配で見に行って。。去ろうとすると、

      「ニャーっ!」と叫び「行かないでよ〜」と催促する。。(感じ)

      で、お腹を柔らかくさすってやると目と閉じて。。。 で、しばらくして去ろうとすると。。また、、ニャーっ!と制止する。

      これは動物の人間に接し続けたペットだからなのでしょうが。。

      (祖母(スージー)の看病にオドオドする孫娘(私)って感じでしたね)

      そのスージーも、私が少女(かってはそんな時期もあったの)

      の時代を抜ける頃。。

      何故か突然、急に(思春期は暇なのです。。)

      試したくなって家の中で突然に倒れたフリをしたのです。

      私もあどけなかったと言い切れます。

      そうしたらスージーが。。「ふにゃっ!!?」と、言わんばかりに、、

      私の倒れた(フリ)の背中へ乗って来て、、焦ってそのモミモミを始めたのです。

      彼女は必死でした。

      。。。。。。。。。。。

      これ以上お話を続ける純な心は私にもうありません。理由が分かっているから。。

      喉が詰まってしまうのです。

      。。。。。。。。。。。

      スージー。。私が笑って謝った後。。貴方は二度と。。


      第9話*とても憑かれた?お話*
      (投稿者:bababong)


      第8話*さ迷う軍犬(War Dog)
      (投稿者:bababong) /CENTER>

      ジェームスは20歳の若者です。

      こちらではよくあることですが、思春期の男の子は親戚に同じ年頃の

      男の子が居れば、どちらか部屋の多いほうの家へ一緒に住んだりします。

      せまい島ですから親と離れて叔母さんの家にしばらく住むとなっても、

      車で数分から10分とかの距離なんです。

      そのジェームスが中学生の頃のこと、

      叔母さんの息子のエリックの部屋で一緒に寝起きを共にし、

      学校も一緒に通っていたそうです。 叔母さんの家はいわゆるジャングル..

      (と言っても道路からちょっと入ったところ、隣家が離れてるという程度の意味)

      に現在もあるそうですが....

      或る晩。。。と、、彼は語り始めました。

      「二人で寝てると開いてる寝室のドアから、犬が歩くときに床に爪があたる

      カタカタカタという音が聞こえてきたんだ。。」

      彼は床に自分の片手の爪を立て、実際にその音をたててみせました。

      まさか、叔母さんのところの外にいるはずの犬が家に入ってきてしまったのか?

      と、エリックを起こし、二人で居間へ出ていったそうです。

      誰も居ないので台所へ向かうと、、

      黒い犬がいたそうです。。

      それは叔母さんの犬ではありません。

      二人はスリングショットを取りに部屋へ戻り、出直すと

      犬はもう居なくなっていました。

      「わあああ!」と慌てて叔母さんの寝室へ行きそれを告げて、

      みんなで台所へ行ってみましたが、、、

      やはり犬は家の中から消えてしまっていました。

      叔母さんはピンと感じて「これはタタモナの仕業に違いない。。」と、

      (ここの島はなんでもタタモナのせいになるようです)

      翌日その家の下にあたる防空壕後らしきところへ行き、

      タバコと何かしらを供えてお祈りしたということでした。

      (このお供えは叔母さん独特の方法であったかも知れません)

      ジェームスは「俺はシェパードだと思ったけど、エリックは黒い犬だったというんだ」

      と、言います。

      「ジェームス、軍用犬の記念碑がこの島にはあること知ってるでしょ?」 と私。

      「ああ、War Dog Memorial のこと?」

      「私はよく知らないけれど、軍用犬にはジャーマンシェパードや、ドーベルマンが

      起用されていたらしいけど...?」

      隠れている日本兵を捜査するには、もちろんそういった軍用犬が大活躍したのでしょう。

      敵(彼らからしたら日本兵)から殺された犬もいたかも知れません。

      育て訓練し、生死をともにした米兵からすればそれは一人の友を失ったも同じでしょう。

      その犬たちの個々の碑が近場のD村の外れにあります。

      ジェームスは長い間の謎が(とても怖かったといってます)

      ちょっと解けた気がして安心したでしょうか...

      m(__)m 消えてしまったお話が一つ復活できました。

      あ、この話まえに読んだという方はこのHPからですよ〜(笑)

      ババボン


      第7話*母のスプーン曲げの話*
      (投稿者:bababong)

      大した話ではないのですが...一度再アップしようとして書き終えて、

      「最後に保存をクリックする」ところで、フリーズを起こしました〜!

      ユリ・ゲラーが来日してテレビ出演をした当時、皆さんの中には生まれたばかり で、

      彼を知らないという読者の方もおられるでしょうね。

      サイキックが大流行したのですよ。

      関連して彼のスプーン曲げは視聴者もテレビ越しで参加し、

      一緒にスプーンを曲げる実験とかもされました。

      ある日。両親の当時の住まいを訪ねると母が子供のように目を輝かせて

      「見てご覧よ。。」とコタツのテーブルの上へ幾つかのスプーンやフォークを 並べました。

      「この間、ユリ・ゲラーの番組でスプーン曲げがあったから一緒にやってみたら、

      面白いようにみな曲がったんだよ」という事..(--;

      その中で私も昔から見覚えある小さな小さなスプーンが目を引きました。

      それは柄のところが二回転ほど螺旋系にねじれてしまっていました!

      簡単にそうなってしまった形跡です..

      私は自分が番組を見逃していた残念さもあったのか(ないって..)

      「お母さん..この力をこんなスプーン曲げなどに使わずに小説書くほうに利用すると

      良いよ!..」と頭に閃いたままを伝えました..

      母は「そうだな..」と言って私の言葉に驚いた様子でした。

      母は小説は市民の歴史とか、時代考証をしていると話が沸いてくるようなので すが、

      自己で書き上げる満足感が欲しくて、

      売りとか認めてもらいたくてが優先ではないのです。

      しかし、この後に母はある方と知り合い意気投合したのですが、

      その方が突然亡くなって...

      その後にちょっとお知らせと思えることがあり..

      自費で各所各国を回り、「死ぬまで書き続けるシリーズ」を自分で決定しました..