真空管製造に携わった方から聞いた覚え書き
中学生の頃、ちょうど高校受験に向けてとある塾通いをしていたが、そこの数学の先生が、昔日立で真空管製造を経験されていたというお話を聞いたことがある。
そのころは、勉強よりも、真空管の収集、電池管ラジオの製作などの方に興味が向いていたた。杉本哲さんの「初歩のトランジスタラジオの研究」や、泉弘志さんの「ポケットラジオ製作百科」やビギナースアマチュアラジオハンドブックなどを、意味も分からずむさぼって読んでいた。
といっても20年ほど前の話で、本来、こういう経験をされた方は、私より10歳以上上の世代の方が多いと思う。その当時、おにゃん子クラブなぞには目もくれず、時代錯誤なことをしていた(爆)クーガーなどのBCLブームはとっくに去っていた。
自習時間に机でメモ用紙に書いたST管の3球ラジオの回路を見ていたら、いきなり取り上げられて、球の話を始められた。日立でエーコン管を作っていたということで、(日立製作所は米国RCAと提携関係にあったことから、RCAで開発されたエーコン管を日立でも製作していた模様)カソードに塗る酸化物皮膜のアルミナの製造が、粒子を細かくするのに一週間ほどかかり大変だったこと(ちょうど工事現場でコンクリートを回転しながら撹拌するものに似た機械だったらしい。)顕微鏡で時々観察して粒子を見ていたそうだ。
電極の金属の酸素を取り除くために、高温にした水素の炉の中に電極を通すが、時々爆発事故が起こり危険だったことなどをはなされていた。エーコン管は、純国産の品川電気だけではなく(ME-664)、日立もアメリカ規格の球を製造していた。
また大学時代には、NECで真空管製造に携わられた方とお話ししたことがある。戦前から戦後すぐのこと、当時は東芝が「マツダ」商標で真空管を売っており、当時最高のブランドだった。NECで工場見学に行った時、技術の差を感じられたそうだ。またバリウムを手でつかんだことがあるそうだ。マツダの1R5-SFをもらったが、面倒見のいい方であった
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マツダはゾロアスター教のアフラ・マツダが語源で、ヨーロッパにも、東芝とは別のマツダブランドの真空管がある。こちらもヨーロッパ球で著名なメーカーだ。PP5/400は有名な直熱3極管PX4の原型だ。ドーム型のきれいで出力の大きな直熱3極管。
マツダは、その前はCYMOTRONサイモトロンブランドで真空管を販売していた。もっと前は東京電気だったのでTECが商標になる。今から80年ほど前の古い古い話。