| 1997/9 | 黎明期 |
1997年9月KAYが病気で倒れ、自宅にて療養をしたことからこのROOMの歴史が始まった・・。
退屈凌ぎにINTERNETでサーフィン中、MICROSOFT(以下MS)のSITEでCOMIC CHAT(以下MSC)を発見。
さっそくDLして立ち上げた・・ しばらくいろんな部屋を渡り歩いて(3時間ぐらい・・)大体の機能を把握。 しかしホストっていうものが良く分からなかった。 こんな時どうするか? 「新規の部屋の作成」に挑戦してみよう! 「部屋の名前」の入力をきかれる・・・。 「部屋の名前・・・?そんなんしらんわー!じゃあ適当に・・・「関東の人」・・・」 プチッ!接続・・・ 「だれもおらへん・・・当たり前か・・・」 その時、来客が・・・・「はうっつ!」(@_@) しどろもどろのうちに応対開始。「じゃあまたくるね!」といって客人は去っていった・・・ 「またくる・・?またくるの?まじで?」 そのころ仕組みが良く分かってなかったKAYはその来訪者のために 律義にも毎日同じ時間に同じ名前の部屋を開けることにした。 「こんやんけぇ!(~_~メ)」 その言葉がIRC上での社交辞令であることに気づくのはずっと後のことであった(笑) |
kay倒れる |
| 1997/10 |
WEV時代
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MSCの特徴として共有WEVによる音の表現ができることがあげられる・・・。
これとCOMIC表示をもって、今までマニアの領域を抜けられなかったIRCが
一気に広まったといっても過言ではないだろう。
さて、このころのメンバー[HEKIRU]のもたらした数々のWEVから、
WEVのみでCHAT上で会話をするという非常にやかましい時代になった。
しかしWEVの多量化に伴い、HDD領域の圧迫、好みの音が見つからないなどの
弊害からか、じきに沈静化した。
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kay入院 |
| ICQの時代 | このころ[NOTHING AT ALL]によってもたらされた、「ICQ」なるものの利用によって IRC以外の場所でもメンバー間での連絡が取れるようになった。また上記のWEVの 交換にも非常に重宝された。 (MSCはIRCSERVER経由で転送されるためTRAFFICが非常に悪いが ICQはダイレクトに相手のPCに接続できるため高速であった。) | Nothing 皿を洗う | |
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コミック全盛期 |
そのころはまだ「コミック表示」全盛の時代でみんながコミックにしていた。
しかしキャラクターはまだ白黒の純正のものしか出回っていなかった。
そんなある日[NOTHING AT ALL]が一つのカラーキャラクターをもってきた。
「はあぁー!すすごいー!」ここからカラーキャラ全盛時代へと突入する。
また会話を行わずキャラクターの「動き」だけで意志の疎通を行うという
無謀なCHATを毎夜繰り返した。またこの時にキャラの動きがある程度の言葉に
よって制御できるということを発見した。 しかしROOMのメンバーが増えた時にコミック表示では人間の判別ができないなどの 理由からこのブームもじきに沈静化した。
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KEIICHI退社 | |
| 1997/11 | キャラクターエディター時代 | カラーキャラの登場時からささやかれてきたキャラクターエディターがβ版ながらついに登場! 一同色めきたったが、かなり手間がかかることが判明。[keiichi]が沖縄に旅立つ前に一つ自分のキャラを 人知れず[NIPOPO]に渡していたことが後日判明。現在は上記の[keiichi]と[kay]の2種類しかない。 | keiichi沖縄に修行にでる |
| 1997/12 | kay退社 | ||
| 1998/1 | kay渡米 | ||
| 1998/2 | 愛のCHAT時代 | kayがアメリカにいる間、SHINと連絡手段にCHATを用いた。 かなり顰蹙な行為だったのかもしれない・・・(-_-;) またこのほかに[NIPOPO]の旦那の[AKI]がやってくることもある。 着着とROOMは成長しているようである。 | KEIICHI帰還 |
| 1998/3 | HP狂時代 | これまでkayのHP内に会った「関東の人」のページであるが、 GEOCITIESの中に移転。これに伴いメンバー全員にPASSとIDを渡して 共同制作体制に入る。これを機にみんなHPを作ることに取り付かれる。 しかし、長続きはしなかった(笑) | REI渡米 kay帰還 |
| 1998/4 | |||
| 1998/5 |