君に逢いたい
        作: 結城 さやか  




 第1章

この不思議な出来事は、高校卒業目前の、一月一日、
初夢から始まった。
──────夢の中。
 「あの人が待ってる。早く行かなくちゃ。」
      私は、ベットの横の窓から、
隣の部屋で眠っている兄に、気づかれない様にそっと、
雨音を忍ばせながら、白々と明るくなり始めている街の中へと、
裸足のままで飛び込もうとしていた。
私の部屋は2階。
      これが現実なら当然、躊躇するであろう高さからくる不安を、
その時の私は、難なく飛び越えた。
濡れたアスファルトが素足に冷たい。
家の前の道を左に、そして右に曲がった所に、
その人は立っていた。黒い傘を差して・・・。
私は、少し濡れた体を、たくましい彼の胸にあずけた。
彼は私を強く抱きしめ、ささやいた。
 「君が好きだ。愛してる・・・。」

その言葉と力強さに、私は心地よさを感じていた・・。───────
目覚めると、私は夢の中で、足場に使った窓際のベットに横たわっていた。
『夢だったんだ・・・。』
そう思いながら、彼の言葉、胸厚、腕の太さを思い出していた。
さらに、力強く抱きしめてくれたその感触は、
こんなにもしっかりと体に残っているのに、顔が思い出せない。
「何だったんだろう・・変な夢・・・。」
つぶやきながら時計を見ると、午前8時15分だった。
“コンコン”誰かがドアをノックする。
「春名。
 お休みだからって、いつまで寝てるの?いい加減起きなさいよ。」
母だ。
「はぁい。」
私の返事を聞くと、いつものようにぶつぶつ何か言いながら、下へ降りて行った。
ベットから起きあがってカ−テンを開けると、
夢の中とはまるで違う青空が広がった。
「わぁ、いいお天気。」
その言葉を口にした時は、すでに夢のことは忘れていた。
「お父さん。おはようございます。」
「おはよう。」
珍しく着物を着ている父、伊吹龍彦。
ふだんはあまりしゃべらないが、お酒を飲むとやたら明るくなる。
海外にも支店のある外資系会社の部長、50歳。
今まで、イタリアやアメリカにも転勤し、家族全員連れて行かれたこともあった。
「おはよう、おねぼうさん。」
着物の上に割烹着を着ている母、伊吹夏南子。
掃除、洗濯、炊事、なにをやらせても完璧!日本の主婦の鏡!
口うるさいのがタマに傷、まだまだ女盛り(自称)という45歳。
都はるみの歌をよく口ずさんでいる。上手か下手かは、いわぬが花。
「おはようございまぁす。」
髪の毛ボサボサのまま起きてきた、6歳年上の兄、伊吹秋彦。
大学を卒業して、設計事務所に就職。
「自分で設計した家を100軒建てるのが、俺の夢さ、はっはっはっ・・・。」
と、一生叶いそうにない夢を追いかけている、大ぼけ野郎24歳。
でも、とっても優しくて、頭がいい。大学もトップに近い成績で卒業した。
「おはよう秋彦。お雑煮のおもち、いくつ食べる?」
「4つ。」
「げっ。お兄ちゃん、朝から4つも食べるの?気持ちわるーい。」
「うるさいんだよ、春名は。」
「春名は?いくつ食べるの?」
「んー2つかな。」
「ブタるぞ。」
「もう。お兄ちゃんこそ、うるさい。」
「いい加減にしなさい、二人とも。お正月早々、ケンカはないでしょ!」
そして私、伊吹春名。もうすぐM高校を卒業して、バス会社に就職内定の18歳。
この就職がまた大変だった。
事の発端は、私が中学1年の時の“3年生を送る会”という名の送別会だ。
その時に私たちのクラスは演劇をしたのだが、
その主役の姉役に、大して目立ってもいなかった私が、何故か選ばれてしまった。
理由は今でも解らない。
劇自体はパロディーだったのだが、
その事があってから舞台のおもしろさを知り、
中学にはなかった演劇部に高校で入部した。 それからは、より一層舞台の魅力に引き込まれ、
3年になると舞台女優に憧れるようになっていった。
しかし両親に猛反対され、しかたなくあきらめていた時、
友達にバス会社への就職試験を一緒に受けてくれと頼まれ、
まだ就職口を決めかねていた私は、しかたなく受けることにした。
結果はなんと、友達が落ちて私が受かってしまったのだ。
神様はいったい何を考えているのだろう・・・。
「さあ、みんな座って。」
わが家では、元旦の朝に家族全員そろって新年の挨拶をし、
父から順番におとそを飲む決まりになっていた。
「じゃあ、龍彦さん。」
「あけましておめでとう。今年もみんな元気で頑張れ。」
「おめでとうございます。」 全員がおとそを飲んだ後、お雑煮や、お節料理を頂く。
「いただきまぁす。」
「秋彦。その髪は何とかならないのか。」
兄は髪を肩まで伸ばしている。
「んー。」
「お父さん。今こういう髪、流行ってんのよ。ね?お兄ちゃん。」
「お、おぅ・・。」
「まっ似合う人と、似合わない人がいるけどね。」
「お前はいつも一言多いんだよ。」
兄が私の首に左腕を回すと、私が、すかさず兄の足を踏む。
「あなた達は、何やってるの。もう二人とも、子どもじゃないのよ。」
兄とじゃれてると、母に怒られてしまった。
兄とは時々こうしてスキンシップをはかっている。
兄は中学から大学を卒業するまでバスケットをしていて、
身長も180pぐらいあるし、太ってないし、
妹の私が言うのもなんだけど・・・けっこう、顔もイケてると思う。
学校でもかなりモテてたみたいだ。
私の友達には、“一緒に遊ぼう”などと、みえみえの嘘をつき、
兄を見に、家に来る人たちもいる。
私はそんな兄が自慢だし、大好きだ。

つづく