・炎の宴1

「美雪ぃ・・・」

 うるさいD−2教室で、これまたうるさい小林が駆け寄って来る。

「頼む!数学の宿題見せてくれっ」

「またぁ?嫌だよ!あんた、いっつも私の見てばっかじゃん!たまには自分でやんな」

「そうだよ、なに考えてんだよー」

 一緒に居た今日子が言う。

「小林、中三になってまで、よくそんなこと言ってられるね」

 桜も言う。

 女子三人に囲まれ、小林はたじろぐ。

「そんな事言ったってさー」

「もう、いい加減、私のとこ来ないでよ!」

「わ、わかったよ!」

 少し、逆切れ症状を出しながら、小林は席に戻る。

「フン。言ってやったわ」

 すっきりしたと、いった様子で美雪は座った。

「いいよー。美雪あれぐらいきつくしとかなきゃ、あいつシツコイカラ」

「そうそう。でも、なんであいつ塾来てるのかな?勉強しないんだったら意味ないじゃん」

 小林を撃退した二名も、椅子に座る。

「さあ?あいつんとこ、金持ちだからね。知り合いの私立でも行くんじゃない?」

「はー?いいよねー、苦労しなくていいなんてさー」

「どこも同じだね」

「なんで?美雪ちゃんはいいじゃんか。勉強できるし、学級委員やったから、内申もいいでしょ?」

 美雪はいつも学校では上位にいた。今日子と美雪は同じ学校、同じクラスなので、桜もそんな情報ぐらい知っていた。ついでに、あの小林も彼女らと同じクラスで、しかも美雪と同じクラスだった。

「駄目だよ。うちの学校、レベル低いんだから」

「あーそうかー。美雪、東京の高校受けるんだっけ」

「そう、父さん転勤するから」

「ええっ、いいな。私も東京行きたいー」

 桜がそう言ったとき、「頼むよー」と情けない声がした。見ると小林が成績のよい男子に頭を下げていた。

「あいつ、まだ懲りてない」

「本当。情けないったらねー?でも今時いい男なんていないよ。あんなばっかだよ」

「あーあ。いい男どっかにいないかなぁ」

「東京ならいるんじゃないー?かっこいいのがー」

「でも、東京危ないよ?」

「そう?この辺だって危ないじゃん。最近よく、不良が殺人事件起こしてるじゃん?」

「あー、金のドッグタグでしょー?」

 桜はドキリとした。胸が早鐘のようになる。

 三日前のこと。

 スカートのポケットをさぐる。

「変な薬、流行ってるらしいねー。絶対あいつらが流してんだよー」

「ね、なんの話?」

恐る恐るたずねる。

「うそぉ!桜、知らないの?すごい噂になってんだよ?」

「ほらー。初めDクラスだったのに、こないだAクラスに落ちた伊藤軽吾っていたでしょー。名前の割に暗くて、変な柄の服来てた奴!その友達だった、D−1の東山が言ってたけど、恥ずかしくてやめるかと思ったら、無遅刻無欠席で、Aにずっと出席していたんだって」

「なのにここ最近、来てなかったの。みんな死んじゃったんじゃないって、冗談で言ってたら、ほんとに死んでたの!!しかも、ゾンビ状態で!」

「大袈裟じゃないよー!?体中、切り裂かれたような跡があって、内臓とかその場に撒き散らされてたんだって!川原にうち捨ててあったらしいけど、腐敗が激しくて、すごい匂いがしたそうだよー」

「人のすることじゃないって、見た人が言ったんだって。でさ、その伊藤、三日ぐらい前に、ゲーセンで不良と一緒にいたとこ、見た子がいるんだって」

「で、大事なのがその一緒にいた奴ら!ここ最近出てきた不良の集団なんだけど、全員、金のドッグタグつけた“ジンクス”ってやつらなんだってー!前は、シンナーとか売ってたらしいけど、なんか今、変な薬やってるらしいのー!」

「他じゃ絶対、手に入れられないんだって。よく知らないけど。あいつら不良というより、カルト、はいってきてるから危ないんだよ」

「絶対、伊藤も、昨日の殺人事件もあいつらの仲間割れで、だよー。怪しいもーん」 

 二人の話を聞きながら、桜は三日前のことを思い出していた。

(殺人事件、人殺し・・・)

 あの少年だろうか?あの不思議な力で、またもや人を殺したのだろうか?

 そう思うと、桜はじっとしていられなくなった。

「ね、ねえ。美雪ちゃん達、そんなに事情知ってんなら、警察とかに話したり、聞いたりしたの?」

「まさかぁ、ただの噂だもん。証拠ないしー、警察なんてメンドクサイ。大体、それくらいもう知ってんじゃなーい?警察なんだからー」

「そうよ、関わりたくない。私だったら仕返しされたら嫌だから、たとえ殺人現場見ても、絶対話さないよ」

「だよねー!!」

 あははははと二人は笑った。

 しかし、桜は無邪気に笑えなかった。

 それどころか、真っ青な顔でポケットの中の、拳の方を見つめる。

「・・・え。ねえ聞いてるの?」

 今日子がこちらを見ていた。

「へ?なに?ごめん」

「なに考えてたのよ」

「ううん。何でもない」

「あやしーい。あ!さては、ついに男出来たな!?」

「な、なんでもないよう!ホント、ホントにー!なんでもないってっ」

 一刻も早く、追求の魔の手から逃れようと、過剰なまでに反応してしまった。二人がこのことから興味を無くしていってくれるように。

「ふうーん。あっそう」

 なによといった様子で、二人は同じクラスの男の子の話題に移っていった。

(やな感じ)

 彼女達とはこの塾で知り合った。今日子の席とたまたま隣同士になったため、声をかけられ、その友達の美雪とも仲が良くなった。

『その人いい音楽つくるよね』

 桜のお気に入りのアーティストのCDを覗き込む彼女達。

 はじめ、趣味の合う友達が出来て嬉しかった。だが、いつの頃からか、三人の中で自分だけが浮いているように思えていた。

(何でだろ。やっぱり私だけ学校が違うからからかな、時々話がついていけないもん)

「だからさー。今度、無視してやるー」

 先ほどの失敗を繰り返さないために話だけは聞いているが、面倒くさいと、思ってしまう。

「そうだよね!」

 美雪は相槌を打ちながら、今日子の熱弁を適当に聞いている。しかも、それを今日子に悟られたりなどしない。

(いっつもこうだ)

それなのに、自分はどうだ。さっきの醜態は何だ。

(私は話をそらすにもむきになっちゃって、きっと、つまんないって思われてるんだ)

 他の人は上手く会話を運べるのに、自分は出来ない。目の前の友人は、お互いの会話の洪水を難なく処理している。時には笑い、時にはむかつく!を連発したり・・・。

(でも、あんなこと、絶対に言えない!)

 炎を出す少年の話など、誰が信じるだろうか。言ったところで、うそつき呼ばわりされるか、頭がおかしくなったと思われかねない。

 だいいち、自分でもあれは夢だったのかどうか、と思うくらいだ。

 今、彼女の三日前のことを思い出すよすがは、そのポケットに入れ、肌身離さず持ち歩いている、あの、赤い玉だけだった。

 怖くて、現場付近には、ずっと通らないようにしていた。

(もしかしてこの玉は、私がいつか拾ったもので、夢でも見たんじゃないかな)

 そうならどんなにいいだろう。桜は、深いため息をついた。

(あ!しまった!)

 じと眼で今日子が見つめる。

 冷や汗をかいて、彼女の言葉を待つ。今日子はプイと顔をそむけた。

「あー、つまんないねー」

 しみじみと今日子は言う。

「ホ、ホントだね・・・。なんか面白いこと無いかなー」

 話を合わせる。

「やっぱ海外だよ。日本じゃ、スリルとか面白いとこなんて、もうないよ」

「だねー。んで、言葉の通じるガイドとかいてさー。危なくなったら助けてくれてさー」

「空手とかやっちゃったりして?」

「あははっ、それいい!そうそう!」

「本や漫画じゃない、本物のスリルあふれることないかなー。そんなチャンスあったら、絶対逃がさないのにー」

 友の空想はずんずん広がる。

 だが、桜の不安もどんどん大きくなっていった。

(冗談じゃない!あんなこと!!)

 この不安はなんだろう。ポケットから手を出せない。この玉から手を離すと、取り返しがつかないことをするようで、怖い。

 このときの桜は真剣に、出来ることなら、もう二度と関わりたくないと思っていた。