・炎の宴4 ――仲間――

 

「あほか・・・。ったく、しょうがない奴だな」

 むなしい音を残して、切れた電話に言った。

「あいつ、連れてくるってさ」

 車の奥に呼びかける。

 そこで、腕を組んでいた人物は重々しく答えた。

「そうか・・・。仕方ない。なら、決着をつけるのも手だろう」 

 

 

「ちょっと痛いってば!!」

 桜は抗議する。

 カズキは無視する。

 叫んでも効果が無いと知った桜は、話題を変えてみようと思った。

「ねえ、ナオって誰よ?女の子?」

 途端にカズキは手を放した。桜は、すぐに体勢を立て直し、ぐしゃぐしゃになった襟や髪を整えようとした。

「おい、お前、なんであいつの名前知ってんだ?」

「アンタが教えたようなもんよ。あんなに電話口で、ハッキリわかる言い方するからよ」

「そ、そっか・・・」

 カズキの顔は、複雑な心境をあらわしていた。

「ナオに会せる前に言っとくことがある」

 カズキは少し考えて、切り出した。

「いいか、お前よく聞けよ」

「ちょっと、お前って言わないで。私にはれっきとした、桜って名前があるんだから」

「じゃあな桜」

「ちょっと!呼び捨てにしないでよ!ちゃんとか、さんとか付けなさいよ。馴れ馴れしいわ」

「ああ?なんだと〜」

 カズキは少し、むっとしたようだったが、一応、言ってみた。

「じゃあな、桜さん」

 途端に、桜は吹き出す。

「ぶっ。嫌だ、変!!」

「なっ、何だよ、お前が言えっつたんだろがよ!!」

(似合わないよ!)

「だって変変変!!やめてよそれっ、あ、桜ちゃんなんてもっとやめてよ!?」

 ぶははははと、笑い転げてしまった。

 見かけによらず、素直なところがあると思った。

「じゃあなんて、言いやあいーんだよ!いちいちウルせー女だなあ!!」

 桜がなかなか笑いやまないので、カズキは顔を真っ赤にしてふくれた。

 その様子にまた桜は笑ってしまった。

 が、息も絶え絶えに、お腹を抱えながら言った。

「もうっ、いいわよ、桜で」

「お、お前が変な奴じゃないかよ!くそっ」

 この反応が、また、桜の笑いを引き伸ばしたのは言うまでもない。

 しばらくそうしてから、カズキは話しを再開した。

「いいか」

 用心して、桜の名前を呼ばず、話しかける。

 桜は、それに気づき、可笑しかったが、何でも無いような顔をした。

「ナオは女じゃない。男だ」

「あ、そうなんだ。女の子みたいな名前ね」

「いいか。絶対ナオにそんな事言うなよ!女みたいな名前だって」

「う、うん・・・。そのこ気にしてるの?」

「ああ、そうだ。それに頭が茶色くて、毛が細いから将来禿げるとか、色が白いから病気になりやすくて駄目だとか、眼鏡を取ったら変な顔だとか、偏食ばっかしてるからケンカが弱いんだとかも言っちゃ、駄目だぞ」

「そんなこと思ったとしても、誰も言うわけないじゃない」

「俺は全部言ったぞ」

「え」

「ナオは頭が良いからな。俺が忘れた頃に仕返しするんだ。何度死にかけたことか」

 カズキは遠い眼をした。

 桜は、そんなに何度も死にそうな目に遭っているなら、言わなきゃいいのにと思った。

 しかし、あえてそれをカズキには伝えはしなかった。

 そして、そこがカズキと自分の違うところなのだと静かに結論付けた。

 

 カズキは早足だった。

 桜は走っていた。

(なんで!?カズキより、私の方が、背が高いのに!!)

 一抹の不安を感じ、彼の足と自分の足を見比べる。

 そんなに桜の足が短い訳ではなかった。

 と、いうことは、彼が桜より、もっと、ずっと早く歩いているのである。

 こちらは息を切らしているのに、なぜ、彼は、汗ひとつかいていないのだろうかと思う。

(つ、疲れたー)

 桜がへばる前に、カズキはいきなり止まった。

 ろくに正面を見ていなかった桜は、彼の短い、ボサボサに立てた髪に顔を埋めるところだった。

「な、に。びっくりするじゃない・・・」

「・・・なんでだ?くっそ」

 カズキは短く吐き捨て、右手をぎゅっと握り締めた。

 桜は、おそるおそる彼の後ろから、顔を出す。

「な!」

 そこには、十数等のゾンビ犬が、二人を待ち構えていたのである。

 低い唸り声の移動によって、自分達が、とりかこまれていくのがわかった。

「よーお!お二人さん!」

 素っとん狂な声で、何者かが現れた。

「こーんな月夜に仲良く、デートなーんて、うっらやましぃー」

 その者は、つばのない帽子をかぶり、一本一本ならば、細い腕輪を幾つも付けていた。その幅は全部で、15cmほどはあっただろう。ガチャガチャ音を立てながら、金髪を肩から払う。

 桜は、いつもなら長い髪は女の子だけしか似合わないよと、毒づいてやりたくなるのだが、その髪が払われた後に、あの金のドッグタグが見えてしまっては驚くしかない。

(またなの?ジンクス?)

 その男は、そこら辺りでよく見るような、黒いティーシャツに茶色のズボン、と若者の服装をしていた。

 しかし、その腕は異常に細く、まるでセロリを二本横にくっつけて、その上から肌の色の塗装をしたようだった。

(あの、三日前に灰になった男と同じくらい痩せてる)

「いいなあー、俺達もまぜてよー」

 へりくだったように首を曲げた。

 途端に首筋から、赤黒い血が飛び出した。

(ゲ!)

「ああ、またかー」

 まだ、どろどろと出る血を、親指と人差し指でつまんで止める。まわりに付き従えている犬同様、どうやら彼自身も、その身は墓で朽ち果てるはずの物らしい。

「おい桜」

 カズキが控えめな声で呼ぶ。

「用心しろ。あいつは今までの奴とは違う」

「え?」

「現われる時に気配がなかった。今までのジンクスの奴らの中で、あいつが一番強いはずだ」

 言ったカズキの右拳に、何かの力が集まって行くのが感じられた。

「たぶん、あいつが頭だ」

 顔に不敵な笑みが広がる。

 瞬間、地を蹴り、強烈な炎を繰り出した。

「おおー!やる気まんまんだねー」

 男は喜んだ。

 と、同時に、そいつは口から、紫色の炎を吐き出した。

「こなくそ!」

 自分の炎で相手の攻撃を振り払い、カズキは身体をひねって、突き進む。

 その手には新たな炎が生まれていた。

 男は、仲間のゾンビ犬に、左腕で火をつけた。

「ほらよ!」

 火だるまの犬達が、ドッとカズキを襲う。

 ある者は手足に、ある者は頭へと、その牙を向けた。

 カズキは炎を鎧のようにして身を守り、桜を助けた時のように犬達を弾き飛ばそうとした。

 だが、男の炎が犬達を守り、そうそう前のようにはいかなかった。

 男の炎と、カズキの炎が互いの力を押し付け合う。

「おおおおおおお!」

 赤と紫が反発し合い、大きな光を生む。

 足を踏ん張る。

「っらあああああああああ!!」

 とうとうカズキが犬を地面へぶん投げた。

 爆発的な光りが、一瞬で犬を、五匹まとめて灰にする。

「ぉ熱っちぃ!!」

 どうしてか、男の左腕が紅く燃え上がった。

「このっ!」

 男の顔が苦痛にゆがむ。

「おらああ!」

 カズキは勢いにのり、新しくやってきた炎の犬を次々に灰にした。

 速い。

 最後の犬を殴りつけ、男に躍りかかる。

 男の姿。

 悔しそうに見える、その顔。

 が、フッといやらしく笑った。

(しまった!桜)

 本能的に、顔だけ振り返る。

 立ちすくむ少女の後ろ。

 捻じ曲がった空間から、伸びる腕。

(間に合わねえ!)

 腕輪がわずかに揺れ――。

 炎。

「さくらああああああ!!」

『ドゴオォオンン!!』

 大爆発――。

(うわ)

 カズキは吹き飛ばされてしまった。

 しばらくして、辺り一面に道路のアスファルトのかけらが飛び散り、ぱらぱらと降ってきた。

 その中で、身体をしたたかに打付けたカズキは、頭を振り、やっとの思いで起き上がる。

 そして見た、爆発のあった場所、もとい、桜のいた場所を。

 水蒸気のような白い靄がはれていく。

 男が立っていた。

 桜はいない。

(――!!)

 言いようのない怒りが湧き起こった。

「この野郎ぉ!」

 瞬時に間合いを詰め――。

 拳を繰り出した。

 炎。

 男は火柱になった。

(なに!?)

 違和感。

 カズキが男を血まつりにあげる前。

 男には右肩から足の付け根までが、丸く、大きく抉り取られていた。

 一体どういうことか。

 もしかすると、カズキが攻撃するよりも前に、あいつは、こときれていたのではないか。

(!まさか)

「なに手間取ってんだよ。和樹」

 その聞きなれた繊細そうな、けれども、生意気な声。

 和樹はバッと声のする方を見た。

「あ・・・」

 そこには、眼鏡をかけた、和樹と同じくらいの年の少年と、長い髪の少女を腕に抱えた、背の高い青年がいた。

「な、尚!兄貴!・・・それに桜・・・」 

 慌てふためいたように、しかし、どこか安心したように和樹は言った。