炎の宴5 ―前座―
端正な横顔。
白い霧がはれ、柔らかい月光に映し出された陰影は、この顔の造作がどんなに良いものかを教えてくれる。
なめらかで形の良い頬や鼻、品良く刈上げた、絶壁ではない頭。
どこかのガキ大将のように日に焼け、かすり傷痕だらけの和樹とは大違いだ。
この人物からは、何か清涼な気が発せられているように思った。
その瞳がふと、桜の方に向けられた。
「大丈夫か?」
(キャアアアアアアアー!!かっこいい!!)
山の谷間で、こんこんと湧く清水のような、清らかだが生命の力溢れる、そんな瞳をしていた。
その瞳に30cmほどの間近で、みつめられたのである。
桜の心臓は、5m離れた者にまで聞こえるかと思うほど激しく脈打った。
「怪我はないか?」
なかなか応えない桜に、もう一度彼は訊ねた。
「だい、じょう、ぶ・・・」
桜は我に返り、しどろもどろに言った。
「そうか、立てるか?」
「あ、はい・・・」
丁寧に横抱きの状態から、桜を下ろしてくれる。
動作のひとつひとつに育ちの良さがうかがえる。
だが、なよなよしていない。
下ろしてもらった後でも、桜はうっとりと彼に見入っていた。
和樹の傍若無人な声が邪魔するまでは。
「なんだよ尚!兄貴も来るなんて言ってなかったじゃねーか!」
(な・・・、あ、兄?)
桜を助けてくれた青年の隣の、眼鏡をかけた線の細い少年が話した。
「うるさい。お前があんまり遅いからいけないんだろ。第一、危ないとこだったじゃないか」
「うっせーよ!尚がやっつけたワケじゃねえだろ。それに兄貴がやらなくったって、俺は・・・」
「バカ。お前だけなら、その子はとっくに死んでた」
そう言いさっさと、炎によって多量の灰と化した男のいた場所に歩いて行った。
「和樹。いつも、己の力を過信するなと言っているだろう」
青年が穏やかにたしなめる。
「・・・それは、わかってるよ。兄貴」
(やっぱ、兄貴って言った・・・。ということは・・・)
青年と和樹を見比べる。
どことなく、似ているような気がしないでもない。
しかし、ふくれっ面でむっとしている和樹がこの青年と兄弟だとは、にわかには信じられない。
「けどよお、おかしいんだぜ?」
和樹が言う。
「あの野郎、やらしい攻撃はしたけど、それほど強くはなかった。なのに、すぐ仲間が襲ってきたんだ。まるで俺達が、ドコに居てもわかっちまうみたいにだぜ?炎の能力が高くなくて探す事に優れた、そんな種類の石ってあったかぁ?」
「何を言ってるんだ?あれは彼女が持っているんじゃないのか」
「それがさー。こいつ、今は持ってないらしいんだ。どっかに隠したとかってよ。事情を説明しないと渡さないって言うんだ」
「そうか」
青年は少し考えてから言った。
「立花桜さん。君は今、本当は持っているね。あの、赤い石を」
桜はどきりとした。
「それを渡して欲しいんだ。敵はあの倒した男だけじゃない。それを持っている限り、君は奴らに狙われ続ける」
「も、持ってないよ・・・。それに、まだ事情を説明してもらってないもの!」
「あれぐらいの男の石に、探査能力はないはずだ。また、あの性格では、新種の石を与えられるはずもない。それなのに襲い続けられたのは、君があの赤い石を身につけていたからだ。それを頼りに追ってきたんだ」
桜は混乱した。
(どうする?この人やっぱり和樹みたいにいかないよ・・・)
桜を追ってきた、ジンクスの者達が普通ではないことは嫌というほどわかった。
早くあの玉を渡して、面倒な事を忘れてしまう方がいいと思う。
しかし、彼らを信用していいものか。渡した途端、桜を殺そうとするのではないか。
「俺は、センシュウという。必要なら君が不利益をこうむらない程度に事実を話そう」
「兄貴。いいのか?ほんとはなんにも言っちゃいけねーだろ?」
「仕方ないさ」
センシュウと名のった青年は、まっすぐに桜を見る。
「渡してくれないか」
桜はセンシュウを探るように見返した。
その瞳に偽りはないか、自分を傷つけはしないかと。
そして、その真摯な瞳は嘘をついているようには見えなかった。
ため息をついて一言。
「わかった」
ポケットに手を突っ込む。
そういえば、悪い奴ならさっさと自分を殺して、赤い玉を取り上げればよかったはずだ。
だが、それどころか助けてくれた。もしも、説明で騙されても、借りは借りとして我慢しなくてはいけないだろう。
赤い玉を取り出した。
「はい。これ」
「ありがとう」
センシュウは桜から石を受け取ろうとした。その時、大きな声が聞こえた。
「ないぞ!千修!!」
懐中電灯で、爆発の後にあいた穴にたまった大量の灰に腕をつっこみ、かきまわす様に何かを探していた尚が叫んだのだ。
「なに!?」
彼らが同時に言った。桜は何の事かわからない。
「ないんだ!黒いかけらも、能力石も!」
「?どういうことだよ!」
和樹が駈け寄ろうとする。
「!待て、和樹!!」
『ドオンン!!』
千修の制止した、和樹の足元がいきなり爆発した。
「おわっ」
その場に居た全員が吹き飛ばされた。
前と違い、黒煙が舞い上がる。
(もう、新手かよ!?)
いくらなんでも早過ぎる。和樹は懸命に起き上がろうとする。
だが、今度は立ち上がれない。足を見る。
太ももからつま先まで、真っ赤な血にまみれていた。動かそうとするだけで、ひどい痛みが走る。
使い物にならず、これでも足が吹き飛んでしまわなかっただけ幸いだと呼べるのか。
まわりを見る。
(桜は?尚は戦闘が出来ねえし・・・)
少年の姿は黒煙によって確認できなかった。
兄はやはり無事だった。先ほどとは全く反対の方向に向いていた。
(そうか、後ろをとられたのか。くそっ)
「和樹、尚、動けるか」
前を見、視線を動かせずにいう。
和樹にもその正面に、どす黒い気があることがわかった。
「すまねぇ。足がやられた」
動けないながらも、両手に力をためる。
次第に黒煙が収まり、千修の対峙している者が現れた。
少年だった。
その手には、桜の腕が握られていた。あの赤い玉を持った方だ。
桜は、腕をだらりと引きずられるように持たれており、倒れているその身に意識はないと思われた。
少年は桜の肩を持ちなおし、腕を引き千切ろうとした。
「やめろ!!」
和樹が炎を投げつけた。
すかさず、千修が間合いを詰める。
閃光がはしった。
少年は攻撃をかわし、桜を持ったまま大きく、飛びのく。
「その子を離せ」
千修の手にはいつのまにか、一振りの刀が握られており、その刀は青く光っていた。
桜は、あまりの肩の痛さに目を覚ました。
「う、ん?」
目の前の少年と目が合った。
「あんた・・・」
少年は薄く笑った。
「あんた!もしかして!!」
「まあ、結構会ったことはあるよな?立花」
(やっぱり!)
見知った顔だったのだ、桜の通う、あの塾の。
友達なのか、彼氏なのか、よく今日子と話していた、あの。
「東山!!」
「そうだよ」
楽しそうに答えたその首には、金のドッグタグが掛けられていた。
「はっ、離してよ!痛いじゃん!!」
「やだね」
「な!なによ、なんで、こんなことすんの!アンタ優等生でしょ!どーしてジンクスのドックタグつけてんのよぉ!」
「別にいいだろ。お前には関係ないね」
「関係ないってねぇ!東山!」
「うるせえな」
「熱っ!!」
東山が握っている桜の手首から、小さな紫の炎があがった。
『キィィィィン』
千修が攻撃をしかけた。
東山は、振り下ろされた刃を片腕で受け止める。
しかし、じりじりと押されそうになる。
「くっ、フン!」
桜からもう片方の手を放し、両腕で千修を押し返した。
千修は、はね返されざまに桜を腕に抱え、飛び退いた。
「大丈夫か?桜」
桜の手首は焼け、東山の指の跡が赤く爛れていた。
桜は言葉も発せられず、ただただ震えていた。
千修は東山に警戒しつつ、桜の手首に軽く刀を押し当てた。
やわらかな青い光りが生まれる。
不思議な事に、ひどい火傷が癒されていく。数秒後には完全に治ってしまった。
「へえええ!やっぱり伊藤を殺ったのはお前だな!」
東山が千修の力を見ていった。
「だったらどうする?」
千修は桜を静かに離し、刀をかまえる。
「別にアイツの仇をうとうなんて思っちゃいないよ。ただ、お前とはやりあってみたいな」
「・・・ひとつ聞いていいか」
「なんだ?」
「お前がジンクスの頭か?」
「ああ、そうだよ。はじめは、さっきのイカレタ馬鹿なオサムだったけどね」
「乗っ取ったんだな」
東山は大仰に肩をすくめて見せた。
「そうさ。おもしろかったぜ?アイツにあの黒い石を新しいヤクだといって飲ませたら、いい気になって力を使いほうだいしてさ。あげく、あんなボロボロの身体に破壊と殺戮しか頭にない、バーサーカーになっちまった!」
なにかを思い出したように笑った。
「あいつらさ、アッタマ悪いだろ?他の仲間等も、簡単に黒い石を飲み込んでくれたよ。すごいヤク手に入ったって喜んでさ!多分、人を殺しても、ラリッて幻覚見ていたつもりだったんだろうな。まあ、実際、現実であんな力出せるわけないって普通思うけど。副作用なんか全然思いもつかなかったんだぜ、きっと!」
どんどん話し出す。自分でもとめられないという様に。
「笑っちゃうよ〜!身体の中の石に、適応出来ない奴なんか、“犬”になっちまうんだもんな!」
東山は身をよじって大笑いした。
可笑しくてしょうがないらしい。
「では、お前は、能力石だけ持っているというのか?」
笑い声がぴたりと止まった。
千修は続ける。
「あれは、黒い石を持っていないと短期間では扱えない代物だ。しかもあれだけの炎が出せる能力石ならば、なおさら、だ」
「バッカじゃねーの!何のために、ジンクスを使ったと思ってんだよ」
東山の雰囲気が変わっていく。口元には歪んだ笑みを浮かべ、目がギラギラと妖しい光を放つ。
「ジンクスの者達に、お前が背負うはずの負担を押し付けたんだな」
「ヨリシロにしたって、言ってくれよ。そうさぁ、あいつらに俺の分を飲ませたのさ。その黒い石を伝って、頭のオサムや伊藤には俺の炎を貸してやってた。お前ら躍起になって能力石探しててよぉ!おもしろかったぜ!こいつも違う、あいつも違う、なんでだあってさああ!!」
言ったその背後に、紫色の陽炎が揺らめいた。
「いい気なものだ、何人も破滅に追いやっておいて。黒い石は取り込んだ者の最大限の力を引き出すが、引き出された者は、石のあまりの強さに、己の限界を超えて力を出してしまう。結果、身体は朽ち果て、精神は歪み、破壊と殺戮に走るバーサーカーになってしまう。人間ではなくなってしまうんだ」
千修も刀をかまえ直す。
「お前はそれを知っていて、実行したんだな」
「そうだよ!おかげで、こんなにスッゲェ力を使えるようになったんだ!見ろよ!!」
東山の腕が燃え上がった。
「そろそろしゃべるのも飽きてた!さっさとやろうぜ?」
唇をちろりと舐めた。
「バーサーカーよりも性質が悪い」
千修の瞳に強い意思がきらめいた。
「黒い石がなくとも、お前はもう人間じゃない」
千修の周りの空間が青く、そして水面がさざなみ立つように震えた。
「最後にもう一つだけ聞く。お前に石を渡した者の名はなんと言う?」
「くくっ、そうだなぁ!俺に勝ったら教えてやるよ!勝ったらだがな!!!」
東山の炎が、なんと蛇の姿になり、千修に襲いかかってきた。