〜やっと疾風怒濤の2学期が・・・〜
嵐のような(?)2学期が終わろうとしているいま、初めて試みたディベート授業で感じたことを自分なりにまとめてみました。
1.教師のものさしが変われば生徒は大きく変わる。
これは今回、私が最も痛切に感じたことです。つまり、1学期にペーパーテストで点数の取れなかった生徒達がディベートになると俄然張り切り、終わってみれば得点の合計で上位に並ぶ者が多かったということです。
1学期はつまらなさそうな顔をして机に向かい、50分間じっと辛抱させられていた連中が、2学期は本当に生き生きとして、例えば廊下ですれ違うときも「先生、今度のディベートがんばるからな!」とよく声をかけてくれました。
またこういう生徒達は自分がディベーターであるときだけでなく、聴衆として「観戦記録」を書いているときも一生懸命に取り組んでいます。
こうした現実を見ますと、教師の価値尺度や評価のものさしというものを今後検討し直す必要があるのではないかとつくづく考えさせられました。
2.教師の説明によく集中するようになった。
ディベートは、人の言うことをしっかり聞くクセを身につけることができるといわれます。これは私自身はあまり意識していませんでしたが、実際授業でこちらが説明しているときの生徒の視線や注意力が今まで以上にこちらに集中しているように感じました。
3.社会科でディベートをする意味は何だろうか・・・。
「ディベートを学ぶ」のか「ディベートで学ぶ」のかについてはおそらく議論の分かれるところだと思います。私個人の考えとしては、前者ももちろん大事ですが、どちらかというと後者に比重を置くべきではないかと思います。
「相手に勝つ」という動機付けではありますが、それによって積極的に学習しようとする姿勢が生まれてくるのは非常に大切なことであると思います。
従ってルールをことさら厳しくして形式に縛られる必要もないと思います。できるだけ生徒がのびのびと学習し、意見を表明できる環境を作ってやることの方が社会科の授業においては大事だと思います。
4.最後に・・・
私はディベートの授業形態が最高のものであるとか、全てに勝る学習方法であるなどとは決して思いません。
しかし先に述べたように、教師側のものさしひとつでこれほど生徒が変わる現実を目のあたりにしますと、教師側からの一方通行ではなく、生徒が自ら立ち上がって学習活動に取り組む授業形態にこれからもこだわっていきたいと思わずにはいられません。
もちろん科目の性質上、なじまないものもあることは十分承知しているつもりですが、少しでも、あきらめずに創造していきたいと考えています。
今学期最後のディベートを終えた後、生徒達の前で話をしながら、いろいろなことが頭をよぎり、思わず涙がこぼれそうになりました。
本当にみんなよく頑張ってくれたと思います。右も左もわからぬlまま、まさにドタバタの2学期でしたが、生徒達と一緒にこれほどの感動を味わえた私は本当に幸せでした。
最後になりましたが、今回の授業実践に踏み切るきっかけを与えて下さった、本校の校長先生、そしてディベート授業の先輩として貴重なアドバイスだけでなく、プリントやVTRなども提供して下さった同僚のH先生、そして側面から生徒達に支援して下さった担任の先生方、さらにはいつも親切にご協力下さった図書室の先生、その他大勢のみなさんに、この場をお借りいたしまして深く感謝申し上げます。
周囲のみなさんに支えられて今回の実践があったものと思っています。これからも謙虚に取り組み、さらなる挑戦を続けていきたいと思います。
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