20100113Wed
そして、うちの裏山は牛頸山なのである。
なぜ、そして、から書き出したかというなら
夕日によって幕が下ろされた闘いの大地には輝きを増した男がいるからだ。
あまりに寒くやっぱり粘土は触りたくないヘタレ職人は
免許の更新に向かうことにして、MTBで出撃した。
しかし雪解けの路面はべちゃべちゃで、
わざわざこんな日にそんな道をだどって市内に行くやる気がなくなったところで
まだ自宅を出て数百メートルの林道入り口だった。
山が呼んでいる、いまいくとどんな景色なんだろう
言葉には形容しがたい魅力に引き込まれるように坂を上り始めた。
だいたい女はそれをバカと呼ぶだろう。
男には意味も無く行かねばならん時がある。
言葉にできないそれをあえていうならそれは ロ マ ン だ。
ロマンは男が使う言葉だ。ロマンスという言葉も女しか使ってはいかん気がする。
中央霊園入り口を越えると車の轍は消え、ついに真っ白な路面になった。
さらに林道に入ると積雪20cmの新雪である。
雪山の景色こそ素晴らしいものだ。最初はそれが楽しかったが、
後輩の言っていた、足をつかずに登れないの意味がほどなくしてわかってきた。
去年の大雨のせいだろうが、路面の荒れ方が酷くなっているばかりか
あちこちで崩落があって担ぎを余儀なくされた。
自分が認知していた少し前の牛頸林道とは全く状態が違う。
そのうえの積雪である。
雪の中にギャップが埋まっていて、不意にマシンが止まるし
思うように乗っていけない道はストレスを感じた。
朝方に来たと見られる先人の勇者の轍と足跡が2台分あったが、降り続けた雪で埋まりかけている。
なぜそれがモトクロスバイクでなくてMTBとわかるかなのだが
タイヤの太さもなんとなくなんだが、あれは担げないから途中で入れないはずなのだ。
雪山MTBが楽しいなんて言ってたのは誰じゃーと怒りながら
押し担ぎで一時間以上かかって林道の標高最上階エリアについた。
この辺は細切れに乗っていった場所もクランクの下止点が雪の表面を掬うくらいの
積雪30cm近い。先ほどの勇者は実は一人なのだとわかった。
ここで折り返していて二台分は帰りの轍だったのだ。
そしてここから先はSIGEが初めて通るバージンスノーだった。
ようやく下りが始まった。
下りだとリアのトラクションがかからなくても前に進むわけで
前輪が雪をかき分けていく静かな音だけでダウンヒルが始まった。
おっとここでUターンを回しフロントサスのストロークは最大107mmに変更。
登りでもそうだったが雪の抵抗はかなりのもので
ブレーキはほとんどかけなくていいくらいだ。
だが後輪をかければどこでもロックしてスライドし任意にドリフトが楽しめる。
っていうか、これは楽しい。さっき雪山楽しくないなんて思ってごめんなさい。
イエーイ!ヤッホー!ヒャッハー!気持ちよすぎる。雪山ダウンヒル最高だお!
あっという間にいこいの森キャンプ場前まで終わってしまった。
こっち側は路面も崩落もほとんどなかった。
してみれば雪の牛頸林道を踏走破したのだ、俺は勝ったぞ。
某漫画家の母方の実家の寺の前にある自販機でホットを飲んでから
ダムを通って、雪まみれのMTBが駆け下りてくる。凱旋である。
男とはおめでたい生き物だ。だが男で良かった。
ロマンだ。
20100112Tue「それが旗艦だ。」
自転車にも乗ってないし、まだ初詣にも行ってないといったところである。
仕事のことはかいてもいいんだが、ああいうのは結局同じパターンになるし
このページは、自転車乗る時に感じ得たことはとても貴重なことに思えて
大事なことだけかいていきたいという言い訳なのだが、
本当はやっぱりmixiを開いている時間が長いからである。
かつての旗艦、ネェルアーガマが引退したのが、この日記によれば1年8ヶ月前である。
今は玄関の広い軒下にパーツを抜かれておいてある。
旗艦不在でSIGEは自転車に乗る機会を少なからず減らしていると思える。
それは残り2台の純粋に走行性能を追求したようなロードとMTBでは
それまでネェルアーガマが担っていた実生活の用には供しないからである。
キャンプツーリングを主目的につくられているから、背負えない荷物を積載しながら
その積載量の割に高速で移動できた。旧来のランドナーの性能は越えていた。
当初のオールシーズン、全天候、往復40kmの人形修業通いはあのマシンあってのおかげなのだ。
自動車を必要と考えさせなかった
毎日走る者にしかわからない性能がある。
誇りたいのはネェルはホビーではなかったということだ。
繰り返すがそれは単純にロード、MTBを分類できるマシンでは役が果たせないのだ。
数あるマシンの中で最も長い時間乗るものは、乗り手の実生活にマッチした仕様のため
その人自身を個性的に最も表現した存在となる。
それが旗艦なのだ。
20100112Tue「表現」
人形を作る、これは表現である。とりあえずここでは表現=芸術を読み替えてくれていい。
歌を歌う、これも表現である。極論生きることは表現である。
かつては、そう言葉で理解していなかったにせよ、目標は常に勝つことであった。
生きるとは生き残ることでありすべては競争だった。勝つか負けるか、白と黒だ。
それがSIGEが認識していた世界だった。
目標は勝つこと、それだけの自分の強さを証明すること、そう言葉で理解して挑んだ走りがあった。
我が青春の鹿児島T,T(銀輪を通してみるロマン嫁)、
250km近い距離を走り、もはやそれぞれが何も偽ることが出来ない限界の走りの世界のなかで
勝つための走りが目の前でじりじりとゆっくり絶望的に崩壊していく瞬間、
敗北の異様な心地よさに包まれながらそれでも走りたいという自分に出会う。
本当はさびしかった自分は、ただ強い速いというものでなく、
自分とライバルの生身の人間の走りの暖かい姿に
偽れない、濁りない限界の世界で、本当の意味で「出会いたかった」のだと気づく。
だとすれば、
としたところで走りはおろか、寒々しい11月の幹線道路を中心にして
色のついた世界がいっせいに広がっていった。
これがSIGEの表現の世界との初めての出会いである。
それからというもの本当の意味で絵を見たり音楽を聴いたりできるようになった。
20100112Tue
世界が心で見える、色で見える、見るというより観える。そんな素晴らしく幸福な表現の世界を生きたい。
博多人形師であり、歌も少し歌った、絵も版画もたまにやる、大きな立体造型にも挑戦したい、
「表現者」となった以上手段に縛られる必要は無いのだ。できることはやれるだけやっていい。
先述の通り生きること、自分自身そのもの表現とあっていい。
だが、どんなにその手段がひろがっても
SIGEが獲得した最初の表現手段は自転車での走りである。
そして他の手段がこの先いかに熟練しようともそれを追い越すことはおそらくないであろう。
簡単に言えばSIGEは一生自転車乗りという人種なのである。
余談だが、「自転車に乗らない芸術家は信用できない。」といった芸術家すらいるらしい。
原点であり最高の自己表現ができる以上、当然マシンもそれに応じて適した形にしたいものである。
それが旗艦である。