・我が旅行人生

私の旅はそう、あれはまだ幼稚園の頃だった。1時間ほどかけて町田駅の方まで行った。道はバスでよく通っていたので知っていたが、途中で何度も不安な気持になったがなんとかたどりついた。小田急デパートが見えたときは嬉しさとこれから帰れるかという不安になってしまった。結局泣きながら帰った。
最初の旅で自信を付けた私はその後色々なところを走り回った、私のなかで旅人生が芽生えているとは知る由も無く…。
そして高校1年のとき友達と自転車で名古屋に行った。当時はバリバリのチャリンコ少年だったので2、3時間走ってもなんともなかったがさすがに名古屋は遠かった。
1日目は雨の中調子に乗って清水まで(160km)走ったが、次の日はさすがに疲れたようで40kmしか進まなかった。そして快調に進んだが私の独裁政治により徐々に友情が…。
浜松に着いてやはりうなぎだろうという事でとりあえずうなぎ屋を探した。今にもつぶれそうなとこを見つけた。友達がやめようと言うのにもかまわずこういうところはうまいんだと断言して店に入ろうとした。本当につぶれてた。仕方がないので他のとこを探し、1500円という当時は考えられない金額でうな重(あさりの味噌汁入り)を食べた。静岡の方になるにつれ味噌汁が黒くなっていった。あれはなんでだろう…。
泊まるところは大体公園のベンチだった。しかし蚊がすごいのでカッパを着ながら寝た。もちろん暑かったが疲れてたのでよく寝れた。夏にもかかわらず風呂も入らなかった我々は次の朝、カッパの内側が茶色い汗でビチョビチョになってしまった。
そして3日目、愛知県に入った。嬉しかったが果たして帰れるのか?と自問自答し泣きながら町田駅から帰った10年前の日が頭をよぎった。


・私が行った独断と偏見の世界の都市ガイド<( )内は人口(単位:万人)調査年度が古いので若干の差あり。
注:現地語読みー英語名ー日本語読み

Alberobelloーーアルベロベッロ―イタリア
Algecirasーアルヘシラス−スペイン(8)
アルヘシラス港

アフリカ大陸モロッコへの玄関口。そんなわけでこの街は夏になるとバックパッカーであふれる、と言っても駅構内で盛り上がっているだけで街の外へ出る人は少ない。街の外は普通の港町と言った趣か。またパコ・デ・ルシアの出生地でもあるが知る人は少ない。

Amsterdamーアムステルダム−オランダ (82)
街並み

風車とチューリップと運河とはまた違うイメージ。飾り窓と麻薬の欲望を掻き立てる街。(コーヒーショップが有名で70年代アメリカのけだるいムードが感じられる)昼間には顔を赤くした地元の中年白人達が仕事をせずにたむろっていた。泊まっていたユースホステルはなんと!40人部屋。いびきと麻薬をやりすぎた宿泊客でうるさい。また自転車の街でもある。夜はビールをずっと飲んでいた。

AthinaーAthensーアテネ―ギリシャ

ギリシャの人口の4割が集中するアテネ。パルテノン神殿が有名だがそれよりも混沌とした街のイメージを受けた。街にはあらゆる種類のバイクがあふれ帰り、歩行者はところかまわず道路を横断する。物価は安い。夜はウーゾとスブラキで決まりだ。

Barcelonaーバルセロナ−スペイン(174)
A・ガウディ作”カサ・ミラ”

1992年オリンピックで一躍有名になった街。正確にはスペインではなくカタロニア国だと地元の人々は言う。実際デパートではカタロニア語とスペイン語の二カ国語表示でカタロニア語の方が大きく書いてある。お決まりのサグラダファミリアは思ったより小さかった。200年後の完成時にはもう少し大きくなっているだろう。手作りだと思っていたらクレーンを使っていた。新市街と旧市街に別れ旧市街は治安が悪い。私は旧市街のちょっと危険なところに泊まっていて道の真ん中で麻薬中毒が汗だくで震えながら話し掛けてきた。夜はワインとカラマレス(イカリング)を食し、いつものように酔っ払い状態。

Bariーーバーリ―イタリア
Berlinーーベルリン―ドイツ
Bolognaーーボローニャ―イタリア
Bratislavaーーブラチスラヴァースロバキア
BruxellesーBrusselesーブリュッセル−ベルギー(16)
グランパレス広場

華やかなグランパレスと観客でにぎわう小便小僧の街。元祖小便小僧といってもほんとにただの小便小僧。

Budapestーーブダペスト―ハンガリー
Cataniaーカターニア−イタリア (41)
シチリア島第二の都市。治安が悪くマフィアがはびこっている(らしい)。夜は屋台で肉とビールとワインで酔っ払っていた。

Cordobaーコルドバ−スペイン(23)
メスキータ付近

白壁の家と迷路のような街並みとメスキータ(イスラム回教寺院)の街。アンダルシアの日差しは強くタオルはすぐ乾いた。夜は酒場をはしごし、地元特産の黄色いワインとタパス(パンの上にさまざまなおかずを乗せている料理)を楽しんだ。ワインは樽から注いでいたが、真ん中にある一つの樽には遺影が飾ってあった。地元のワイン職人の形見であろう。残念ながら飲めなかった。

E.U.R.ーエウル−イタリア ()
FirenzieーFrolenceーフィレンツェ−イタリア (46)
アルノ川を望む

大聖堂とアルノ川の街。屋根はオレンジ色で統一され中世からの街並みが保たれている。道路は石畳だがトランクを持った旅行者にはつらい。ちなみにイタリア語の標準語はここが発祥らしい。そのためか語学学校は多い。セリエAチームフィオレンティーナのスタジアムに行ったが残念ながら閉まっていた。夜はイギリス人グループと一緒にビールとワインで酔っ払っていた。

GenovaーGenoaージェノヴァ−イタリア(84)
ジェノバ港を臨む

地中海第二の港。そして坂が多い。箱根の七曲がりのような道(車がやっとすれ違える事ができる山道)をバスの運転手がレースさながら疾走している。立っている婆さんはよろけながら必死にしがみついていた。そんなことにはまったくお構いなしの運転手はさらに飛ばしつづけ観光客は悲鳴を上げる。カーブに差し掛かり、ついに対向車と激突!というところ10センチくらいでよけて相変わらず運転手は飛ばしつづけるのだった。酒は少し飲んだ。

Granadaーグラナダ―スペイン(19)
サクロモンテの丘

イスラム情緒が漂う街。アルハンブラ宮殿は連日の賑わい。宿は安く見所のある街。夜いつものように酒場で酒を飲んでいると引ったくりとそれを追う集団の追いかけっこ。見事にタックルが決まり泥棒は捕えられた。

Hong Kongーホンコン―中国


Honoluluーホノルル―アメリカ(32)
映画”ブルーハワイ”の舞台にもなったハナウマ湾

高層ホテルが建ち並び人工のワイキキビーチに人が群がる。ホノルルを離れるとそこはアメリカ。

IraklioーIraklionーイラクリオン―ギリシャ
イラクリオン港・夏は大型客船でいっぱいになる


エーゲ海最大の島でその中心地。土曜の夜はことのほか賑わう。島の人は信心深く、バスの乗客の何割かは教会をとおるたびに十字を切っていた。
近くには3700年前に建造されたというクノッソス宮殿がある。当時の生活の様子を見ているとその時代に生まれていてもよかったなあと思えてしまう。クノッソスのミノタウロスの伝説は有名でなかなか楽しいストーリーなので調べてみるといいだろう。イラクリオン考古学博物館も見逃せない。当時の生活がうかがえる、魚介類が描かれたつぼなどがある。

Koblentzーコブレンツ―ドイツ(11)
のんびりとした街。散歩にはちょうどいいか。

Krakowーークラクフ―ポーランド
Ljubljanaーーリュブリャーナ―スロベニア
Lugoールーゴ―スペイン(5)


スペイン北西の城壁の街。駅周辺は坂と林が多く私の家の近所に似ていてしばしホームシック。雨が良く降っていたので城壁のアーケードが役に立った。観光客がほとんどいなく日焼けした日本人の私の私を見てとおりすがる姿を見て地元の子どもが珍しそうに見ていて「お母さん見て見て!」と言う始末。酒場でも注目の的になった。

LuxemburgーLuxembourgールクセンブルグ−ルクセンブルグ(7.6)

国自体はマイナーだが緑に囲まれていて生活水準は高い。ボックの砲台からの風景にしばし見とれる。

Macauーマカオ



Madridーマドリッド ―スペイン(312)

駅は空港のようで地下鉄も充実していて違うスペインを見たようだ。ただ売店でアイスを食べているとかばんを取られそうになった、近くにいたバイク(ZX9-R)にまたがってた兄ちゃんに取られそうだぞと言われ事無きを得た。美術館も多くその方面が好きな人にはいいだろう。

Malagaーマラガ―スペイン

アンダルシア地方、コスタ・デル・ソルの中心地で南国ムードが漂う歴史のある街。駅にはゲルニカの絵がある(もちろん本物ではないが)。夏は観光客で賑わうので泊まるところは早めに確保した方がいいだろう。

Maliaーマリア―ギリシャ
冬は一軒も開いていない


Materaーーマテラ―イタリア
Monacoーモナコ―モナコ(2.4)

世界中の金持ちが住む国。公園でえさを食べてるハトまでが上品に見える。ただし駅自体はとても小さく都電の駅のようだ。テレビで見るF1レースの縁石(紅白)がそのままになっている。公道レースだからコースもそのままだ。地元のおやじがルノーで首を傾けながら気持ちよさそうにヘアピンを曲がっていった。ちなみにF1シーズン中(1週間)ヨットを特等席に停泊すると停泊料100万円のうえ、警察とその筋に話を通すとか・・・。

Manhattan ,マンハッタンーニューヨーク New York ―アメリカ
エンパイアステートビルからの夜景

巨大でしたたかな人々が住む街。チャイナタウンの進出かイタリア移民が他の街に行ったのかリトルイタリーはすでにワンブロックの側面の通りしかない。毎晩ジミーズコーナーという酒場でウオッカ(ストリチナヤ)のストレートを飲んでは閉店(朝4時)までいた。閉店間際になるといつも同じ曲が流れるのだが曲名は知らない。そんなわけで毎晩酔っ払って夜中に帰ってきたのばかりが記憶に残る。

MoskvaーMoscowーモスクワ―ロシア
ノヴォテルホテルとシェレメチボ空港



NapoliーNaplesーナポリ―イタリア
Niceーニース ― フランス
Oswiecimーーオシフィエンチム―ポーランド
Parisーパリ ―フランス
PrahaーPragueープラハ―チェコ
Riminiーーリミニ―イタリア
RomaーRomeーローマ―イタリア

永遠の都。街全体が美術館と博物館のようだ。遺跡もそこらじゅうにあるので当然地下鉄も作れるはずもなくA線とB線の2本だけ。その代わりかバスは多い。そしてその運転手が狭く石畳の道をここぞとばかりに飛ばしている。そのせいで何度か無重力を体験してしまった。テルミニ駅構内はジプシーの集団をよく見かけた。タバコは高かったのでいつも密輸たばこを駅の南口のところにいるおばさんから買っていた。喫茶店ではエスプレッソが70円ほどで売っていた。夜はテルミニ駅内のスーパーでウオッカを買ってアパートで飲んでいた。

Saltzburgーザルツブルグ―オーストリア(13)



San Marinoーーサンマリノ―サンマリノ
Santiago de Conpostelaーサンティアゴ・デ・コンポステーラ―スペイン(4.5)


日本ではあまり知られない街だがキリスト教の三大聖地としてヨーロッパでは有名。巡礼の街にふさわしく観光客達はかの昔巡礼者達が持っていた杖を持って歩く。

Siracusaーシラクーサ―イタリア(9)
古代円形劇場

Tangerータンジェ―モロッコ(17)

ヨーロッパへの玄関口にして自称ガイドが最も多いんじゃないかと言う街。街を歩くと自称ガイドが「nice restaurant」とささやき攻撃(10秒おき。おかげでこの街が少し嫌いになった。ホテルは400円のところに泊まるもベッドがかなりかゆかった。その上年2回の台コーラン祭りで街中スピーカーでコーランを流していた。コーランは夜明けまで続きおかげで全然眠れなかった。

Taorminaータオルミナ―イタリア(5)

シチリア島にある保養地。丘の上までバスで行き、テアトルグレコ(ギリシア劇場)までいった。帰りは歩いて駅まで行ったがけものみちを通ったので1時間ほど歩いた。あとはゴーグルとシュノーケルを買い、海で潜っていた。(気分はもちろんグランブルー)ただしグランブルーはギリシアの海で撮影したようだ。ホテルはタオルミナ駅から歩いて10秒のところに泊まった1泊2000円で私を満足させるものだった。しかし客は誰もいないのがさびしい。ホテルの食堂で主人(ばあさん)とはなしてみた。食堂にはおびただしいトロフィーがありみんな今は亡き主人のバイクレースでの賞品だという。食堂もほとんど人が来ないせいか、置いてあるワインの色の変色の度合いがかなりの閑古鳥を感じさせた。そのばあさんにはかわいい娘がいて誘おうと思ったがばあさんに殺されそうなのでやめた。夜はレストランでフルコースを食べた(1700円)。ウエィターに「明日ここを去るのだ」と言ったら彼は奥の方に行ってしまい、黄色い酒を持って戻ってきた。「これはシチリアの名物の酒です(おごりだよ)」そんなような事を言っていた。甘くて強い酒だった。(名前は忘れた)

Triesteーートリエステ―イタリア
Valenciaーバレンシア―スペイン(65)
Valettaーヴァレッタ―マルタ(1.6)

知る人ぞ知る地中海に浮かぶマルタ共和国。その首都が城壁に囲まれたヴァレッタだ。諸民族の交流があったためその文化は独特だ。

VaticanoーVatican―ヴァチカン(0.1)
サンピエトロ寺院

人口はいつも1000人に保たれている不思議な街、いや国か。さすがにここでは飲めない。

VeneziaーVeniceーヴェネツィア―イタリア(37)

水の都。車が一台もないのにはびっくり。パトカーも救急車も霊柩車も船と言うこだわりよう、というか船でしか移動できない。YH内で毎晩飲んでた。街が沈没しない事を願う。

WienーViennaーウィーン―オーストリア(161)
シェーンブルン宮殿とウィーン市街


WarzsawaーWarsawーワルシャワ―ポーランド
Zagrebーーザグレブ―クロアチア

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